百鬼夜行(Wild Hunt) 8

「本郷中佐、どうされました?」


 怪訝な面持ちで嘉内は尋ねた。本音を言えば、少し迷惑ではあった。これから戦闘で忙殺されようとしているのに、厄介ごとをもちこまれては困る。ただ無下に扱うわけにはいかない。指揮系統が異なるとはいえ、相手は陸戦隊の中佐だ。


 嘉内の警戒感が伝わったのか、本郷は腰を低くした。


「戦闘になると聞いた」


「ええ」


「何か手伝えないかと思ってね」


「ああ、それは、申し出は有り難いのですが──」


 結論はすぐに出ていた。本郷らに頼めることは無い。むしろ邪魔にならないよう、そしていざとなったら速やかに退艦できるようにしてほしい。嘉内がやんわりと伝えようとしたとき、本郷から切り出した。


「おっしゃりたいことはわかる。僕からひとつ提案があるんだ。まずは、それを聞いてほしい。すぐ終わる話だ」


「……何でしょう?」


「少佐、僕の戦車を甲板に上げてくれ。敵を撃とう」


 何を言っているのか、よくわからなかった。


「いや、無理ですよ」


 本郷のⅧ号戦車マウスの重量は百数十トンある。そんなものを昇降機で上げられるはずがない。第一、車両甲板から飛行甲板へ移動させる術がなかった。加えて、真っ暗闇でどうやって照準をつけるのだ。だいたい弾着観測はどうするつもり……あらゆる疑念が嘉内の表情に現れた。


「この船はもうすぐ砲撃戦になると理解している。ならば一門でも多くの砲があったほうが良い」


「いや、しかし……」


 いっそ艦橋からの退去を命じるべきかもしれない。嘉内を困らせているのは、本郷も自覚していた。ゆえに大変言いにくそうに彼は続けた。


「大変恐縮なのだが、君は忘れている」


「なにをですか」


「僕らには、ユナモがいるんだよ」



 格納庫では、ひと騒動起きていた。うなり声と連動して、じゃらじゃらと重苦しい金属音が響き渡っている。


 シロの仮の住処となっている飼育室からだった。しきりに大扉へ体当たりしているのだ。遠巻きに整備兵たちが不安げに見守り中、戸張と小春が大扉の前に立っていた。


「シロ、どうしたの?」


 小春が外から話しかけるが、シロの全く耳に入っていなかった。いつもなら大人しく言うことを聞くはずだったが、一切通じない。魅入られたかのように扉への体当たりへ没頭しては、恨めしそうに吼えていた。


「もうシロ、やめなさい! ケガをするでしょう!」


 小春は鋼鉄の扉を拳で打とうして、後ろから止められた。


「小春、落ち着け」


 妹の細腕を戸張は掴むと、そっと脇へどけた。


「おい、鍵を持っているな」


「え、うん、でも……」


「貸せ」


 戸張が手を伸ばすと、小春はそっとキーホルダーを渡した。2種類の鍵がかかっている。ひとつは飼育係が通用するドアと、シロが使う大扉だ。


「ちょっと、俺が静かにさせてやる」


「……大丈夫?」


「信じろ。こいつとは長い仲なんだ。まあ、それに気持ちはわからんでもない。パナマのときと同じさ。敵さんを前にして昂っているだけだ」


 パナマがワイバーンの大群に襲撃された際、シロは格納庫の大扉をぶち破ってしまった。その後、大扉は補強され、シロでもぶち破ることは出来なくなっている。


「空に生きる先輩として、話を聞いてやるよ」


「兄貴、私も一緒に入るよ」


「ああ、お前は駄目だ」


「なんでよ」


「男同士で話したいんだよ」


「……シロはメスよ」


「あれ? そうだったか。まあ、どっちでもいいや。とにかく、ここで待っとけ。空に生きる者にしかわからねえことがあるんだって。必要なら呼ぶからよ」


 軽口を叩き、戸張は中に入った。直後、うなり声が大扉から遠ざかる。きっと戸張のほうへシロが近づいていったのだろう。


 不機嫌そうな、それでいて甘えるような鳴き声が続く。戸張は宥めているようだったが、何を言っているのかよくわからなかった。


 やがて五分ほどたったころ、おもむろに中から小春を呼ぶ声がした。


「おい、小春。ちょっと来てくれ」


 呼ばれるまま中に入ると、赤色灯に暗く照らされたシロと戸張がいた。


 一目見た瞬間、小春は自分がまんまと諮られたと気づいた。


 莫迦兄貴がシロに鞍を括りつけ、跨っていたのだ。


◇========◇

毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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