百鬼夜行(Wild Hunt) 8
「本郷中佐、どうされました?」
怪訝な面持ちで嘉内は尋ねた。本音を言えば、少し迷惑ではあった。これから戦闘で忙殺されようとしているのに、厄介ごとをもちこまれては困る。ただ無下に扱うわけにはいかない。指揮系統が異なるとはいえ、相手は陸戦隊の中佐だ。
嘉内の警戒感が伝わったのか、本郷は腰を低くした。
「戦闘になると聞いた」
「ええ」
「何か手伝えないかと思ってね」
「ああ、それは、申し出は有り難いのですが──」
結論はすぐに出ていた。本郷らに頼めることは無い。むしろ邪魔にならないよう、そしていざとなったら速やかに退艦できるようにしてほしい。嘉内がやんわりと伝えようとしたとき、本郷から切り出した。
「おっしゃりたいことはわかる。僕からひとつ提案があるんだ。まずは、それを聞いてほしい。すぐ終わる話だ」
「……何でしょう?」
「少佐、僕の戦車を甲板に上げてくれ。敵を撃とう」
何を言っているのか、よくわからなかった。
「いや、無理ですよ」
本郷のⅧ号戦車マウスの重量は百数十トンある。そんなものを昇降機で上げられるはずがない。第一、車両甲板から飛行甲板へ移動させる術がなかった。加えて、真っ暗闇でどうやって照準をつけるのだ。だいたい弾着観測はどうするつもり……あらゆる疑念が嘉内の表情に現れた。
「この船はもうすぐ砲撃戦になると理解している。ならば一門でも多くの砲があったほうが良い」
「いや、しかし……」
いっそ艦橋からの退去を命じるべきかもしれない。嘉内を困らせているのは、本郷も自覚していた。ゆえに大変言いにくそうに彼は続けた。
「大変恐縮なのだが、君は忘れている」
「なにをですか」
「僕らには、ユナモがいるんだよ」
◇
格納庫では、ひと騒動起きていた。うなり声と連動して、じゃらじゃらと重苦しい金属音が響き渡っている。
シロの仮の住処となっている飼育室からだった。しきりに大扉へ体当たりしているのだ。遠巻きに整備兵たちが不安げに見守り中、戸張と小春が大扉の前に立っていた。
「シロ、どうしたの?」
小春が外から話しかけるが、シロの全く耳に入っていなかった。いつもなら大人しく言うことを聞くはずだったが、一切通じない。魅入られたかのように扉への体当たりへ没頭しては、恨めしそうに吼えていた。
「もうシロ、やめなさい! ケガをするでしょう!」
小春は鋼鉄の扉を拳で打とうして、後ろから止められた。
「小春、落ち着け」
妹の細腕を戸張は掴むと、そっと脇へどけた。
「おい、鍵を持っているな」
「え、うん、でも……」
「貸せ」
戸張が手を伸ばすと、小春はそっとキーホルダーを渡した。2種類の鍵がかかっている。ひとつは飼育係が通用するドアと、シロが使う大扉だ。
「ちょっと、俺が静かにさせてやる」
「……大丈夫?」
「信じろ。こいつとは長い仲なんだ。まあ、それに気持ちはわからんでもない。パナマのときと同じさ。敵さんを前にして昂っているだけだ」
パナマがワイバーンの大群に襲撃された際、シロは格納庫の大扉をぶち破ってしまった。その後、大扉は補強され、シロでもぶち破ることは出来なくなっている。
「空に生きる先輩として、話を聞いてやるよ」
「兄貴、私も一緒に入るよ」
「ああ、お前は駄目だ」
「なんでよ」
「男同士で話したいんだよ」
「……シロはメスよ」
「あれ? そうだったか。まあ、どっちでもいいや。とにかく、ここで待っとけ。空に生きる者にしかわからねえことがあるんだって。必要なら呼ぶからよ」
軽口を叩き、戸張は中に入った。直後、うなり声が大扉から遠ざかる。きっと戸張のほうへシロが近づいていったのだろう。
不機嫌そうな、それでいて甘えるような鳴き声が続く。戸張は宥めているようだったが、何を言っているのかよくわからなかった。
やがて五分ほどたったころ、おもむろに中から小春を呼ぶ声がした。
「おい、小春。ちょっと来てくれ」
呼ばれるまま中に入ると、赤色灯に暗く照らされたシロと戸張がいた。
一目見た瞬間、小春は自分がまんまと諮られたと気づいた。
莫迦兄貴がシロに鞍を括りつけ、跨っていたのだ。
◇========◇
毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定
ここまでご拝読有り難うございます。
弐進座
◇追伸◇
書籍化したく考えております。
実現のために応援いただけますと幸いです。
(弐進座と作品の寿命が延びます)
最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。
よろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます