百鬼夜行(Wild Hunt) 7

『艦橋より全艦へ。これより本艦は敵集団迎撃のため、水上戦を行う。繰り返す。これより本艦は敵集団迎撃のため、水上戦を──』


 飛行甲板直下にある格納庫の高声令達器スピーカーが、ありのままの現状を伝えてきた。


「こりゃあ、やべえな」


 渋い顔で戸張は令達器を見上げた。ちょうどシロの様子を見に、格納庫へ来たところだった。


「どういうことなの?」


 傍らにいた小春が尋ねる。


「んん? ああ、そりゃあ……」


 はたしてどう答えたものだろうか。仮にも空母が水上打撃戦を行うなど、末期以外の何物でもないのだが。いったい、この船にどこに打撃力があるのか。せいぜい数門の高角砲と機関銃しか搭載されていない。


 戸張はしばらく考えた後、彼なりにわかりやすく大雑把に答えた。


「つまり、あれだ。これから丸腰で戦って、沈むかもしれん。覚悟しとけってことだ」


「え……はぁ?」


 小春は目を丸くした。戸張は苦笑しつつ、妹の頭に手を置いた。


「安心しろ。よくあることだ。それに……俺がなんとかする」


 取り立てて計画があるわけではないが、戸張は言い切った。彼は海軍軍人であり、小春の兄であった。


 さしあたって、機銃座の使い方でも思い出しておくか。交代要員が必要になれば、駆り出されるだろう。


「ったく、どうして、こうも巡り合わせが悪いかねえ」


 せめて昼間なら強行で発艦して、援護も出来ただろうに。あのときもそうだ。パナマでも結局、騒ぎがおきたのは夜だった、


 不満げな唸り声が、格納庫の奥から漏れてきた。どうやら戸張に激しく同意しているようだ。



 嘉内の選択肢はシンプルに二つしかなかった。逃げるか、戦うか。古今東西、あらゆる戦場で何千万回と下された決断だった。


 今なら、その両方のいずれかを選ぶことが出来る。しかし、時間が経てば自動的に片方は失われるだろう。


 合理的に考えるのならば、逃げるべきだった。数十隻の怪異の船団を前に、<大隅>はあまりにも脆弱だった。武装は10センチ連装高角砲が4門ほど、そのほかに二十粍機関砲が10門に機銃座が少々……そんなところだ。海防艦コルベット相手にすら、互角に叩けるかどうかすら怪しかった。


 現に、数十分前まで嘉内は離脱を考えていた。友軍の英国艦隊からも退避しろとお墨付きはいただいている。


「そのつもりだったんだが、そうもいかなくなった」


 あっさりと嘉内は手のひらを返した。艦橋にいた<大隅>の幕僚たちから異論は出なかった。彼らとて、状況の変化は理解していた。


「残念ながら<ジャベリン>も<ダンデライオン>も居なくなった。これで本艦が逃げれば・・・・、次は輸送船団が餌食になる。同盟国の船団を前に、敵前逃亡する意味は分かるな」


「後世の戦史家へ格好の研究材料を提供することになるでしょうな」


 副長の八木が揶揄した。


「それに、マルタ島の先達者も嘆き悲しむでしょう」


 彼は第一次大戦の戦没者を指していた。当時、日本十数隻の駆逐艦を護衛任務に派遣していた。1917年6月11日、<榊>はUボートの雷撃を食らい、艦長以下59名の戦死者を出した。彼らの大半はマルタ島に眠っている。


「その通り。さて、まことに不本意ながら合戦準備だ」


 <大隅>は20ノットに増速しながら取り舵いっぱいをかけた。針路は北北東、電探上に表示された数十の光点へ舳先が向けられる。


「このふねで最初に経験する戦闘が、よもや水上戦とはな」


 嘉内はアイロニーを感じながら、呟いた。



「何事も想定外が、いくさの常ですよ」


 なぐさめるように八木が言う。


「高射砲の水平射でどれだけやれるかですな」


「<ジャービス>の通信では、敵は伽藍の木造ガレー船だ。船体をぶち抜くことはできるだろうが……果たして、怪異相手にどれほど有効かわからん。いざとなれば、本艦をぶつけるさ」


 嘉内は軽口だったが、内心では本気だった。あるいは体当たりが最も有効ではないかとすら思っている。


「郷に入れば郷に従えとも言うだろう。ここは地中海、衝角攻撃の殿堂だ。むこうの流儀に従ってやろうじゃないか」


 さすがの八木も愛想笑いだけで済ませた。


「失礼、嘉内少佐はいるかな?」


 唐突に、聞き慣れない声が鼓膜を震わせた。振り返れば、草色の服を着た男が立っていた。


◇========◇

毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

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よろしくお願いいたします。

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