百鬼夜行(Wild Hunt) 4
PPIスコープに映る3つの光点が徐々に近づいてきていた。
<マイソール>が初弾を放ったのは相対距離が
「構わん。続けて撃ち続けたまえ」
エヴァンズは海上をにらみながら、静かに命じた。連続的な砲声が耳朶をうち、砲煙が艦橋に達した。途端に戦場の香りが狭い室内に満たされていく。
「それから魚雷戦の準備だ。発射のタイミングは任せると水雷長に伝えてくれ」
「イエス・サー」
マーズはすぐに受話器を取ると、
最初の命中弾を叩き出したのは、グレイハウンドと呼ばれた<ターター>だった。<マイソール>よりも先行し、敵集団との距離は8000ヤードをきったところだった。線香花火のように火花が飛び散るのが見えた。高倍率双眼鏡でようやく視認できるほどのサイズだが、当たったことには違いない。
<ターター>は、舵を左に切ると魚雷発射の態勢へ移ろうとした。相対距離は5000ヤード切りつつあった。
さらに<ターター>は冒険的になった。自ら照明弾を上げて、敵の正体を炙り出そうとした。
突如、真昼のように海面が照らされ、エヴァンズは目を細めた。
──アーキンらしい
<ターター>の艦長はエヴァンズと同期だった。
外へ出ている見張り員から報告が入った。照明弾のおかげで、敵の姿が見えるようになったからだ。
「敵集団の戦闘は戦艦1、続いて駆逐艦が2、さらに……」
見張り員の報告が途絶え、しばらくあった。
「どうした?」
マーズが訝し気に双眼鏡を手に取った。エヴァンズも同様に煌々とした水平線に目を向ける。
「艦長、無理もありません。
困惑に満ちた声でマーズが言った。
「そうだな。少なくともジェーン海軍年鑑には載っていない」
照明弾に照らされ、歪な艦の群れが露わになっている。その最後尾にはぼろぼろのマストを掲げた時代錯誤の艦が2隻連なっていた。
敵艦隊―この時点でエヴァンズは敵を
彼らが接敵したのは、時代も国も違う混成艦隊だった。ぼろぼろの帆を掲げた帆船も十分に悪夢じみた光景だったが、よくみれば他の艦もおかしかった。先頭の戦艦と思しき艦は、艦橋部分が歪な角度にねじれている。駆逐艦も同様だ。艦上構造物がどこかしら半壊し、まともに動けるようには見えなかった。
何よりもおかしかったのは、煙突だった。本来ならば煙を全く出していない。ボイラーを動かさずに航行するなど、ありえないことだった。
「ヨコスカケースだ」
エヴァンズは昨年のデイリーテレグラフの記事を思い出した。昨年1月、横須賀に沈没したはずの戦艦<アリゾナ>が飛来し、甚大な被害を被った。数年にわたり、BMや魔獣の相手をしてきたエヴァンズにとって、与太話とは思えない内容だった。
あれから1年、よもや自分が対峙することになろうとは予想だにしなかった。横須賀では<ヨイヅキ>が<アリゾナ>に止めを刺したらしいが、残念ながら今はいない。
「至急、<ターター>に警告。敵艦隊は人類にあらず、何らかの怪異である可能性が大」
エヴァンズの警告は僅かに遅かった。<ターター>は既に引き返すことが出来ない距離まで近づいていた。既に<ターター>の艦長アーキン中佐も異常性には気が付いていたのかもしれなかったが、今さら踵を返す気はなかった。誰であれ何であれ、敵がそこにいるのならばやることは一つなのだから。
<ターター>は距離3000ヤードで魚雷を発射した。至近すぎるほどの近さだった。そのまま取り舵いっぱいに敵の戦列の斜め前方を横切ろうとした。全砲塔は火を噴き、先頭の戦艦へ向けて4.7インチ砲弾を叩き込みながら。
当然のことながら、<ターター>は敵側から熾烈な砲撃を食らうことになった。敵の砲火は人類にとっては見慣れない毒々しい赤色の火炎を放っていた。ひょっとしたら火薬の発火ではなく、何らかの怪異によって発射されたのかもしれない。いずれにしろ5隻の艦列から、それぞれ口径の違う砲弾が放たれ、海上を乱舞した。
<ターター>は最大速度で転舵を行っていたが、旋回によりわずかに速度が落ちた。命中弾は後続の敵艦が放った砲弾だった。大半は外れてくれたが、運の悪いことに1発が後部第三砲塔の前面装甲を叩き割った。
「<ターター>が被弾!」
見張り員の一人が叫んだ。
◇========◇
毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定
ここまでご拝読有り難うございます。
弐進座
◇追伸◇
書籍化したく考えております。
実現のために応援いただけますと幸いです。
(弐進座と作品の寿命が延びます)
最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。
よろしくお願いいたします。
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