百鬼夜行(Wild Hunt) 5

 燃え盛る僚艦の姿はエヴァンズのいる艦橋からも見て取れた。<ターター>の後部甲板、第三砲塔は完全に破壊され、松明トーチのように燃え盛っていた。未だに戦闘力は喪失していないが、無力化は時間の問題に思われた。


 <ターター>が放った照明弾は、すでに海中に没していた。しかし戦闘海域から光が失われることは無かった。今度は<ターター>自身が光源になり、あたりを照らし出していたからだった。逆説的にいえば、敵艦隊にとって今の<ターター>は格好の的だった。


 苛烈な砲撃が<ターター>へ襲いかかった。あらゆる口径の砲弾が<ターター>の各所に見舞われ、装備を前衛芸術のような形に変えていった。


「<ターター>へ伝えろ。我が支援す。すぐに退避せよ。無線、発光、両方だ」


 エヴァンズは普段から考えられないような厳しい口調で命じた。すでに<マイソール>も死地に踏み入れつつあった。敵艦隊の針路を塞ぐように前の針路へ出ようとしている。通りすがる前に魚雷を発射するつもりだった。すでに水雷長が照準を合わせつつある。


 突如、敵艦隊の先頭で水柱が上がった。<マイソール>ではなく、先に<ターター>が発射した魚雷だった。先頭の戦艦、右舷艦尾部分に命中していた。


 大木のように水柱が屹立する。普通の戦艦ならば、浸水で速度が落ちるはずだった。残念ながら、その気配は感じられなかった。後続の艦船に追いつかれることもなく、黙々と進攻してきていた。


 苦々しい思いで、エヴァンズは敵戦艦を凝視した。魚雷切り札が通じないとなれば、いよいよ覚悟を決めなければならない。


 エヴァンズが敵艦から<ターター>へ視線を移すと、奇妙な行動をとっていた。


「<ターター>より返信。発光信号。了解。我、アヴァロンへ退避せん」


理想郷アヴァロンだと?」


 そんなものがいったいどこに。マーズは<ターター>の行方を追った。


 傍らのエヴァンズには何が起ころうとしているのかわかっていた。


 <ターター>は艦橋の一部を残し、構造物の大半が残骸の塊となっていた。火災も甲板全域を覆いつくしつつあった。沈静化は明らかに不可能だった。


 しかし艦上の惨状にも関わらず、<ターター>の速度は落ちていなかった。それは<ターター>の戦意と同様だった。トライバル級の鋭利な艦首が波を斬り、面舵を大きくかけて敵艦隊の針路と交差させた。


 轟音とともに、海上に新たな光源が生まれた。トライバル級<ターター>はドレイク卿から連綿と続く、英国海軍の義務に殉じた。彼女は、敵戦艦の右舷に深々と突き刺さり、全艦隊に標的を知らしめた。


 壮絶な光景にマーズはただ息を飲むことしかできなかった。


「艦長……」


 エヴァンズに目を向けると、普段と変わらぬ顔つきで、どこか当然とすら思える表情だった。


我々デストロイヤー我々デストロイヤーたる所以だ。覚えておきたまえ」


 エヴァンズは燃え盛る僚艦に、短く敬礼した。


「さあ、やるべきことがあるだろう」


 <マイソール>の周辺に無数の水柱が立ち始めていた。重巡洋艦<サフォーク>の到着まで、あと十分、戦艦<ヴァリアント>はもう少しかかるだろう。


【特務輸送船<大隅>】


 駆逐艦<マイソール>が死戦を繰り広げようとしていたとき、<大隅>は最も危機から遠い場所にいた。決して逃げていたわけではなく、陣形の都合上致し方なかった。


 <大隅>は船団より前方を航行中で、急な針路変更の混乱にも巻き込まれていなかった。周辺には彼女のほかに英国海軍のコルベットと駆逐艦が2隻で警戒に当たっている。


 艦長の嘉内は作業室にいた。戦闘開始の報せを受けたとき、すぐに艦橋に向かおうと思ったのだが、やはり、どこよりも正確に情報を入手できるのはこの部屋だった。既に艦橋には、退避行動をとるように命令を出していた。夜間、この船が出来ることはなかった。昼間ならば航空機による支援も出来ただろう。


「敵艦隊の所属はわかったか?」


 嘉内が尋ねると、作業室の班長が即答した。


「不明です。どこの国でもありません」


 疑問の余地なく、彼は断言した。


「率直に言えば、人の手によるものかすら怪しいです」


「根拠は?」


「無線でヨコスカケースと、しきりに打たれていました。英国海軍は、沈没艦が怪異化した類と判断しています」


「なるほど、こんなところで横須賀なんて単語を聞くとは思わなかったよ」


「ええ、全く。とにかく混乱していますよ。なにしろ5年ぶりの水上打撃戦ですから」


 憐れむように班長は言った。


「在りうる可能性だが、確証が欲しいな。今のところ状況証拠しか揃っていないが……」


 ジブラルタルの地中海艦隊司令部で見たフィルムがフラッシュバックした。第一次大戦時代の魚雷や古代ギリシャのガレー船など、時代錯誤の遺物たちの爪痕だ。


「叶うことなら、直接お目にかかりたいな」


 口惜しそうに嘉内は言った。


「自分は勘弁願いたいです。相手は戦艦クラスと聞いています。空母なんて体の良い的ですよ」


「おいおい、口を慎めよ」


 嘉内は諧謔を込めて、窘めた。


「この船は空母ではなく、輸送船だ。たまたま航空機の運用能力のある輸送船なんだから」


「おっと、失礼しました」


「それで、戦況はどんな感じだ?」


「駆逐艦を一隻喪失しましたが、<ヴァリアント>と<サフォーク>が救援に駆けつけているそうです」


「5対3かぁ」


 敵側は先頭の戦艦以外は、どれも駆逐艦以下の小型艦艇らしい。それに英国の駆逐艦が一隻突っ込んだと聞く。撃沈に至らなくても、戦闘不能にまで追い詰めれば勝ちだろう。


「これ以上、敵の増援が来なければ良いんだが……」


 心の底から祈った時だ。電探室から連絡があった。同時に水測からもだった。とても嫌な予感を嘉内は覚え、艦内電話の受話器を手に取る。


「艦長だ」


『こちら電探、針路上の海面に多数の反射波を確認』


「もっと詳細に、いくつぐらいだ?」


『……ざっと15ほど。約10ノットでこちらへ向かって来ています』


「水上目標だな」


『はい』


「わかった」


 嘉内は受話器を置いた。


「あちゃあ、言わんこっちゃない」


◇========◇

毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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