百鬼夜行(Wild Hunt) 3

 闇夜に放たれた敵弾は2発だけだった。レーダーで捉えられた殺意の塊は大きく弧を描き、運動エネルギーに重力を加えて落下していった。


 <マイソール>の艦橋から目視出来なかったが、正体不明の砲撃は大きく手前に着弾した。着弾点は船団より10マイルほど離れていたが、気休めにもならなかった。


「<ヴァリアント>に打電しろ! 正体不明の目標より、大口径弾の砲撃を受けつつあり!」


 エヴァンズは、初撃で大口径弾と判断していた。レーダーで捕捉でき、30マイル以上も先から砲撃してくるなど、少なくとも12インチ30センチ以上の主砲を有していなければできないだろう。だとしたら、敵は戦艦クラスの脅威に違いない。


敵艦・・、再度発砲しました。先頭艦のみです。後続の二艦は進行中」


 レーダー員は、わかりやすく混乱していた。不確定の情報を混ぜたうえ、伝えるべき情報を正しい手順で報告していない。


「ジェンキンス君、落ち着きたまえ。まだ相手がふねと決まったわけではない」


 レーダー員の肩に手を置くと、エヴァンズは感情を抑えて諭した。


「サー、失礼しました」


「よろしい。それでは君、目標の針路と速度を正確に報せてくれ」


「目標は針路210、速度はおおよそ15ノットで航行中」


「反応はこの5つだな」


 エヴァンズはPPIスコープに浮かぶ5つに連なる光点を指した。短い単縦陣を形成しながら、向かって来ている。


「砲撃は先頭の目標のみが行った。そうだな?」


「イエス・サー」


 脳内に海図を広げ、船団との相対位置を描いた。このまま推移すれば、敵は船団の針路上へ進出してしまうだろう。


 死が迫っていた。エヴァンズにとって、答えは明快だった。ただ今から見敵必戦だ。幸いなことに彼の上官も同じ気持ちらしかった。


 <ヴァリアント>のウィッペル中将より入電があった。


『シェパードとグレイハウンド、フェンリルは、ただちに不明目標へ肉薄。迎撃せよ』


 シェパートは<マイソール>を指している。グレイハウンドは同型の駆逐艦<ターター>だ。最後のフェンリルはケント級重巡洋艦<サフォーク>だった。


「よろしい。これより目標へ肉薄する! 両舷全速、取り舵いっぱい! 針路290」


「両舷全速、取り舵いっぱい」


 <マイソール>が大きく左へ傾いだ。急速に目標との相対距離が狭まっていく。暗い海の向こう側では僚艦<ターター>も同様の機動を行っているはずだ。<サフォーク>は少し遅れてくるだろうが、1時間もないうちに戦端が開かれることになるだろう。


「砲戦準備。射程に入り次第、撃つぞ」


 艦橋から外を望むも、月明かりに照らされた海がうねるだけだった。視線の先には明確な脅威がいるはずだが、相手の正体に確信が持てなかった。


 砲撃を受けたのは確かだった。しかし、艦船にしてはおかしかった。短波方向探知機、逆探ハフダフに反応がなかったからだ。もし相手が艦船ならば、レーダーを介してセンチ波もしくはメートル波の電波を発振しているはずで、必ず逆探知に捉えられるはずだった。


 敵が砲撃を行っているのならば、なおさらだ。夜間においてレーダーによる測定なしで砲撃を行うなど、出来ようはずがないからだ。当てずっぽうとも思えなかった。命中こそしなかったが、砲弾の軌道は船団へ向けて描かれていた。レーダーを発振せずに、どうやってこちらの位置を突き止めているのか見当もつかなかった。


 <マイソール>の進行方向とは対称的に、輸送船団は南方へ退避を開始していた。しかしながら、遅すぎた。船団指揮船が先導しているが、ただでさえ乱れていた陣形が蜘蛛の子を散らしたようになっていた。


 エヴァンズが艦橋から視線を艦内に戻すと、いまだにマーズが複雑な面持ちでレーダー員の背後に立っていた。気持ちは理解できるが、レーダー員にとって仕事の邪魔だ。


「副長、スコープを睨んでも状況はかわらんよ」


 マーズは眉間の皺を解いた。すぐにレーダー員へ謝ると、傍から離れる。


「失礼しました」


「次から気を付けてくれれば良い」


「申し訳ありません。彼らの無事を祈っていました──」


 マーズの網膜にPPIの光点が焼き付いていた。頼りなくばらばらに離れていく光点の群れだ。エヴァンズは、マーズが未だに青年にすぎないことを思い出した。


「アルゴー号ほどの試練は待ち受けていないだろう。しかし、苦難の道に変わりはない」


「彼らにオデュッセウスがいればよいのですが……」


「我々にはヘラクレスが必要だな」


 電信室から報告があったのは、そのときだった。電文を見たマーズが振り返った。


「……<ヴァリアント>が、こちらに向かっています」


 ウィッペル中将が座上する戦艦<ヴァリアント>は、輸送船団と分かれ、脅威へ向けて驀進してきていた。


 少し離れたところから強力な破裂音が響いた。敵の放った砲弾が<マイソール>の近くに落ちたのだ。


 エヴァンズは慈しむように月に照らされた水柱を見つめた。


「よろしい。ご老嬢ヴァリアントが到着するまで我らで場を温めるとしよう」


◇========◇

毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る