獣の海 (Mare bestiarum) 36


【魔導駆逐艦<宵月>】


 <宵月>の全力射撃を浴びて、<U-219>のあちこちから炎と煙が上がった。その間も<U-219>は紅く輝きを増し、眩しさすら覚えるほどだった。


「噴進砲発射準備完了」


 砲術からの報せに、儀堂はすぐ応えた。


ッ! 発射後すぐに次発装填開始」


 破裂音が鳴り響き、橙色の火炎を吐きながら噴進弾が飛び出した。500キロの炸薬を抱えた火の玉は、引き寄せられるように<U-219>の船腹後部に命中、どす黒い煙が上がった。


 おおと高揚して息を飲む声が艦橋に響く中で、儀堂は楽観視していなかった。確かに命中はしているのだろうが、違和感があった。ちゃんと爆発によって破壊が生じたのならば多少なりとも破片が舞い上がるはずだが、儀堂の目には見えなかった。


 はたして艦橋内の高揚は5秒と続かなかった。黒煙の奥から紅い輝きが見え、無傷の船体があった。


「莫迦な……!」


 興津が呪うように言った。


「直撃だぞ」


 我が目を疑いたくなるが、状況は悪化しつつあった。他の火器も無効化されていたのだ。8門の連装砲も十数基の機関砲も通じなくなっている。


「外へ出ている者は、すぐに艦内へ入れ」


 儀堂は全艦へ通達すると、敵味方双方にとって全く容赦のない命令を下した。


「総員耐衝撃。安全帯を装着。なければ掴まれ。ネシス、<宵月>をぶつけろ」


『ははははは! それでこそよ!』


 <宵月>は浮かび上がると、その場で90度旋回、<U-219>へ迷いなく突っ込んだ。司令塔後部の甲板へ艦首がめり込み、形容しがたい鋼鉄が引き裂かれる音が響き渡った。


 同時に<宵月>の将兵を壮絶な衝撃と轟音の責め苦が襲いかかっていた。中には耳を塞ごうとして、壁にたたきつけられたものもいる。


 第三者の視点で見れば、鋼鉄の巨獣が獲物を捕食しているような世紀末の情景だった。


 実際のところ、<宵月>は<U-219>に食い込み、致命傷を与えていた。もはや艦艇としての機能は完全に失われている。


 しかしながら、<U-219>から光は失われてなかった。


「こいつ、まだ動くのか」


 思わず儀堂の口から感想が零れ落ちた。


 気が狂いそうな不協和音が<宵月>を震わせた。<U-219>は煌々と紅く輝きを放ちながら、<宵月>の艦首あぎとから逃れようとしていた。


「させるものか! ネシス、抑え込め!」


『任せよ』


 <宵月>の艦首がさらにめり込み。船体を押さえつけた。


 鋼鉄の悲鳴が大気を震わせ、船体を揺さぶった。なおも<宵月>の凶行は続き、ついに<U-219>の船体が完全にひしゃげてしまった。あまりにも深く<宵月>が突き刺さったため、甲板同士が同じ高さになってしまった。いまなら壇ノ浦の義経のように白兵戦に持ち込めるだろう。


「第一、第二砲塔! 目標、敵潜司令塔、撃てるだけ撃ち込め!」


 第一と第二砲塔が旋回していくのが見えた。いつもよりゆっくりとした動きに思われ、儀堂は舌打ちしたくなった。


 真横を向いた瞬間から連装砲から次々と徹甲弾が放たれ、<U-219>の司令塔が蜂の巣になった。しかしながら、有効打の感触がなかった。なおも敵潜の輝きは失われていなかった。


『レールネや、レールネや。聞こえるかや?』


 <U-219>を圧迫しながら、ネシスは言った。


『何を焦っておるのか。ゆっくりしていくがよいものを。妾と積もる話もあろう? それとも戯れに飽きたか? ご主人様が恋しいのかや?』


 からかっているのか、なぐさめているのか、感情の判別がつかない口調だった。あるいは独り言なのかもしれないと儀堂は思った。


『ネェシィスウウウウウウウウウウウウウウウウウ!』


 慟哭に等しい咆哮が<U-219>から発せられた。おもわず耳を手でふさぎ、無意味だと悟った。


「畜生、鼓膜がやぶれそうだ」


 舌打ちする儀堂の傍から、同様の悪態が漏れて聴こえた。どうやら<宵月>の将兵全てが似たような境遇だったらしい。


『コロスカラ! コロスカラ! コロスカラ! アナタヲカナラズコロスノオオオオオオ!』


 <U-219>の輝きがさらに増した。眩いほどの紅い輝きが網膜を覆う。同時に<宵月>が大きく揺れる。今やレールネ自身となった、<U-219>が逃れようと足掻いているのだ。


「ネシス、踏みつぶせ! こいつを黙らせるんだ」


 答えはなかったが、ネシスは忠実に従った。<宵月>の重力を制御し、さらに<U-219>を圧迫していった。その間も指向可能なあらゆる火器が<U-219>に叩きつけられている。もはや船体の表面はボール紙のようにぼろぼろになっていた。


 それでもなお、<U-219>の輝きが衰えを見せなかった。海底を抉りとりながら、徐々にだが<宵月>ごと前へ動きしつつあった。


「なんて、力だ……」


『ギドー、こやつ……』


 ネシスが暗い声で言い淀んだ。


「どうした?」


『こやつ、人を食らっておるぞ』


 低く、ネシスは呟いた。


◇========◇

毎週月曜と水曜(不定期)投稿予定

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

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よろしくお願いいたします。

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