獣の海 (Mare bestiarum) 13
【駆逐艦<宵月>】
<宵月>は船団西方で対潜捜索の最中だった。既に着水し、海面を航行中だった。離水した後で周囲を警戒したものの、何も見つからなかったのだ。月明かりの下とはいえ、海面下の捜索には限界がある。このうえは水中聴音器と探信儀を用いて、地道に炙り出すしかなかった。
『潜らなくて良いのかや?』
無線機の
「敵の位置が分かった以上、無意味だよ。もともと釣り餌代わりに潜っていただけだからな」
喉を鳴らす音が電子に変換されてきた。
『身もふたもないのう』
「確かに。だが、目論見通りさ。あとは敵を捕捉するだけだ。ネシス、わかるな」
魔導機関室の主へ、ギドーは尋ねた。
「位置と正体が知りたい」
『探っておる。おぬし、少し急いておるようじゃな』
「当たり前だ」
声のトーンを維持したまま、儀堂は答えた。釈然としない思いがあった。
「先制攻撃を叩き込まれたのだぞ。俺もお前も誰も、一切気が付かなかった」
『…………それは、すまぬ』
「勘違いするな。責めているわけではない。俺たちの眼下にいる奴らは、よほどの天運に恵まれているか、あるいは数枚上手の奴らだ。さもなければ、ああも見事に奇襲などできないだろう。初撃で四方から撃ってきやがった。絶対に外さない意志を感じたよ」
『ふふ、よほど妾たちは気に入られておるな。篤い歓待は好きじゃ。心が躍る』
「ふざけている場合かい。まあ、いい。とにかく、お前は敵の……」
『ギドー、おったぞ……!』
「どこだ……?」
『右、真横じゃ』
「距離と深さは?」
『そこそこ近いぞ。深さはおぬしらの半単位で100から200メートルじゃ』
すぐにギドーは喉頭式マイクを切り替え、水測室へ繋いだ。
「水測、右正横、深度150、探信儀を打て」
水中探信儀が回転し、<宵月>から音波の網が放たれた。
『目標捕捉、距離2000』
「宜しい。再度発振、針路を特定しろ」
『了解……目標距離そのまま。遷移せず。恐らく並走しています』
「わかった。ネシス、お前はどうだ」
『つかずはなれずじゃ』
「よろしい。面舵いっぱい。方位1‐2‐0。第一戦速。交差針路で仕掛ける」
それまで原速の12ノットで航行していた<宵月>は、一気に20ノットまで駆け足になっていった。
同時に数秒間隔で<宵月>の船底から目標へ向けて、音波が放たれていく。どういうわけか敵の推進音を探知できないため、探信儀の反響音だけ頼りだった。
『目標、針路そのまま。反応増大。距離1500……1400……』
「対獣、対潜戦闘準備」
<宵月>の前部にある散布爆雷の投射機が右舷へ指向しはじめていた。同時に舷側と後部甲板では爆雷投下の準備が行われている。
相対距離が1000メートルをきったところで、儀堂は魔導機関へマイクを繋いだ。
「ネシス、狙えるか」
『任せよ』
船底のコブのように突き出した装置が紅く光り輝いた。聴音器が拾う反響音が魔導機関へ伝達されていく。
『距離600……500……』
「水測、爆雷投射に備えろ」
『了解。400……』
水測員が爆雷の炸裂に備えて、聴音器の音量を下げた。
『300……200…』
『今じゃ』
「散布爆雷、投射」
前部甲板から空気の抜ける音が響き、20個の散布爆雷が投射される。少しして両舷側と艦尾からも爆雷が投射された。
「取り舵いっぱい。方位0‐9‐0」
<宵月>の船体が左側に傾くと同時に、小さな水柱が左艦尾から複数上った。
「散布爆雷、命中を認む!」
戦闘指揮所の兵士たちが嬉々とした表情を浮かべたが、儀堂は微動だにしなかった。死体か船体、いずれかの残骸が浮かぶまで気を許すことはできなかった。
「すぐに見張り員に海面を捜索させます」
興津も同様らしく、いつもと変わらぬ顔つきだった。内心で頼もしさを感じつつ、儀堂は肯いた。
少し遅れて、さらに後方から巨大な水柱が上った。舷側と艦尾から投射した爆雷が調定深度に達したのだ。
轟音と共に月明かりにぼうっと立ち並ぶさまは、まるで墓標のようだった。
甲板に出た見張り員から戦果報告があったのは、その後すぐだった。
◇========◇
次回4月18日(月)に投稿予定
ここまでご拝読有り難うございます。
弐進座
◇追伸◇
書籍化に向けて動きます。
まだ確定ではありませんので、
実現のために応援のほどお願いいたします。
(主に作者と作品の寿命が延びます)
詳細につきましては、作者のTwitter(弐進座)
もしくは、活動報告(2021年6月23日)を
ご参照いただけますと幸いです。
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