獣の海 (Mare bestiarum) 11

「このまま景気よくアレキサンドリアに着けばよいのですが……そういうわけにもいかないでしょうね」


「無理だろうな」


 興津は断言した。


「今回、我々の任務は船団護衛だけではない。地中海に潜む怪異の撃滅が主眼となっている。だからこそ、駆逐艦が潜水艦の真似事をしているのだ」


「理解しております」


「君ら砲術にとっては不本意かもしれないが、そこは、我慢してくれ」


「いえ、我慢だなんてとんでもない。それにまあ、主計側としては悪いことばかりではありませんし」


 小清水は万年筆のキャップをかぶせると、ノートを閉じた。


「機関科から聞いた話ですが、燃料消費がだいぶ抑えられているそうです」


「ほう、それはなぜだ?」


「確証はないのですが、やはり本艦の現状に関係しているのではないかと、もっぱらの噂です」


「潜航しているからか」


「恐らくは……水上航行に比べて、燃料効率が良いのかもしれません」


「なるほど、思ってもみなかったな」


「ええ。ああ、燃料といえば、個人的に疑問に感じていたことがありまして」


 小清水が自身の湯飲みに茶を注いだ。


「なんだ、言ってみろ」


「大したことではないのです。月鬼の魔導は、何をかてにしているのかと思いまして」


「はあ?」


「いえ、我々人間は飯を食って活動をしています。船や車も油を食って動いているわけで……月鬼の場合は、いったい何を活動源にしているのかと思いまして。主計の記録を見る限り、取り立てて特別な物資が仕入れられたわけではありませんし」


「司令に聞いたことは無いが、我々と同じ飯を食っているのだろう」


「それで、これだけ大それた魔導が行使できるのなら凄まじい効率ですよ。駆逐艦をまるまる膜で包み込んだり、飛ばしたりできるんですから。ああ、いや、それともとんでもない量の飯を食っているのかもしれませんが……いや、だとしたら糧食の搬入量がとんでもないことなるはずですね。ううむ、わからないな」


 思わず興津は吹き出した。


「貴様は、面白いことを考えるな。そんな奴だとは思わなかったぞ」


 清水も釣られて笑顔を浮かべた。


「いや、性分と言いますか、細かいところが気になってしまうんですよ」


「よし、今度俺から儀堂司令に尋ねてみよう」


「はは、ありがとうございます」


 興津が立ち上がり自室へ戻ろうとしたとき、高声令達器から警報が鳴った。


 続いて、聴音室から報告が入る。


『複数の水中航走音を探知』


 興津と小清水は顔を見合わせると、己が在るべき場所は駆け足で向かっていった。



 興津が戦闘指揮所に着いたとき、既に臨戦態勢へ移行していた。


 司令の儀堂と目が合うと、僅かに頷いてみせた。


『航走音なおも接近中。魚雷と認む』


 聴音室から指揮所へ逐一状況が届けられていた。


『本艦より0時、3時、6時、9時方向より接近中。距離不明』


 <宵月>は狙った集中射だった。水上航行中ならば、聴音員の力量と見張り員の目視で距離まで特定できたかもしれない。


 静まり返る指揮所の中で儀堂は喉頭式マイクに手を当てた。


「ネシス、一番近いのから順に教えてくれ」


『前、後ろ、右、左じゃ』


「右舷全速、取り舵いっぱい!」


「取り舵いっぱい」


 操舵員が狂ったように舵輪を回す。それから少し遅れて、<宵月>の右舷推進器が唸り声をあげ、回転数を増やしていった。


「舵戻せ」


「舵戻します」


「針路そのまま、両舷全速。振り切れ」


「針路そのまま、宜候」


 操舵員が舵を元に戻すと、聴音室が魚雷の遷移位置を報せてきた。


『航走音、本艦右舷通過。続いて左舷……艦尾より尚も接近中!』


 回避をしくじったのかと儀堂は思ったが、すぐにネシスが真相を告げてきた。


『ギドー、あの機械仕掛けの魚が追って来ておるぞ』


 <宵月>に放たれた魚雷は、それぞれ針路を変えると、弧を描きながら再び突っ込んできていた。


「ネシス、浮上しろ……!」


 続いて儀堂は喉頭式マイクを艦内の回線へ切り替えた。


「総員、衝撃に備えろ!」


 <宵月>の艦首が急角度で突きあがり、抹香鯨のように海面を打ち破った。


◇========◇

次回4月4日(日)に投稿予定

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化に向けて動きます。

まだ確定ではありませんので、

実現のために応援のほどお願いいたします。

(主に作者と作品の寿命が延びます)

詳細につきましては、作者のTwitter(弐進座)

もしくは、活動報告(2021年6月23日)を

ご参照いただけますと幸いです。

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