招かざる予兆(Scirocco)23

 突如、響き渡るモーター音と目前で繰り広げられる怪異を前にして、小規模なざわめきが巻き起こった。間もなく儀堂の背後から駆け寄ってくる足音が聞こえた。音の軽さから誰なのか、すぐに想像がついた。


「見せてください」


 御調みつぎ少尉は、儀堂の前に出た。


「これは怨霊……いえ、付喪神にも似ています」


「ほう、術式まで読めるのかや?」


 ネシスがからかうように言うと、御調は憮然と腕を組んだ。


「わかっていることを、わざわざ聞かなくてもいいでしょう。解析しなくても現象をみれば一目瞭然です」


「どういうことだ? 魔導を分からずとも理解できるのか?」


「そこまで申しません。ただ多少なりとも知識があれば、察しが付くかと思います」


「説明してくれ」


「これは記憶の再現です。恐らく、この魚雷に蓄積された人間……使用者の記憶を元に動かしています。そうでしょ、ネシス?」


 ネシスはつまらなそうな顔でうなずいた。


「まあまあ的を射ておる」


 ネシスが魚雷から手を離すと、元のフジツボだらけの魚雷が残された。


「そやつの申す通りじゃ。この機械仕掛けの魚には、何者かが魔導を仕掛け、遺志を宿しておった。妾はその残滓をかぎ取ったまでよ」


「つまり、ここにある全てが魔導を施されているのか?」


 儀堂は振り向いた。彼の周囲は漂流物の残骸、その群れに取り囲まれている。


「恐らくはのう……今はただの瓦礫にすぎんよ。魔導の息吹は感じられぬ」


 儀堂はネシスから目を離すと、ローンのほうへ顔を向けた。何事かを察し、ローンはこちらに近づいてきた。


「どうやら無駄足にはならなかったようですね」


 ローンは肩をすくめて言った。もともと、この倉庫は機密扱いで軍内部でも限られた人間しか入れなかった。今回はカニンガムに特例として許可を出してもらっていた。


「今のところはな」


 儀堂は珍しく歯切れの悪い返事をしていた。ローンは引っ掛かりを感じ、その所以を問いただした。


「儀堂司令、何か気にかかることが?」


「いや、敵の正体だ。魔導を行使するとなれば限られてくる。そうだろう?」


「……多くはないのは確かです」


 ローンは。あえて明言を避けた。


 BM、もっと言えば月鬼だ。あるいは月鬼を操る正体不明のラクサリアン。あるいは……いや、あまりにも早計だ。


「そうだ。俺も候補は浮かんでいるが……どうしてもわからないことがある。いったい目的はなんだ?」


「目的……」


 ローンは、ようやく自身が儀堂に対して強烈な違和感を抱いていることに気が付いた。


 そうだ。


 この戦闘狂が、戦うのをためらっている。


 戦場を前にして、足踏みをしている。いや、もっと言えば迷っているのだ。


 プロファイルと実物を通した儀堂は全く一貫していた。


 見敵必戦。

 

 そこに魔獣がいる限り、迷うことなく戦意をもって臨んでいく装置だった。


 ローンが見知ってきた儀堂と、今の儀堂は矛盾していた。その理由がわからず、ローンは困惑した。さすがに怖気づいたようには見えなかったが。


「目的はわかりませんが、脅威は明らかです。ならば、我々のやることに変わりはないのでは?」


「もちろんだ。いずれにしろ、叩き潰す。だが……」


 ふと上着の裾が弱弱しくを引っ張られた。いつのまに来たのか。ユナモが小さな手を伸ばして、掴んでいた。


「どうかしたのかい?」


 儀堂は眉間の皺を解くと、上体をかがませた。その仕草に、庫内にいた大半の人間・・が意外な心境を抱いた。


「あの魚、苦しんでいる」


 ユナモは錆びついた魚雷を指していた。


「楽にしてあげても……いい?」


「それは……」


 ユナモが訴えたいことはわからなかったが、その瞳が悲しみを映し出していた。あるいは優しさなのもしれない。


「ネシス、何を言いたいのかわかるか?」


 ネシスは珍しく柔和な顔を浮かべると、肯いた。


「やれやれ、ユナモは無垢よのう……」


 ネシスは魚雷に手を当てると、再び何かを唱え始めた。途端、今度は青白い光を帯びはじめる。光は眩くあたりを照らし始めた。


 唐突に、御調が血相を変えた。


「待ちなさい! あなた、まさか──」


 ネシスに手をかけようとした瞬間、魚雷を取り巻く光が煙のように抜け出ていった。それらは不定形な青白い光の塊となり、やがて誰もが知る姿となった。


 ローンが答えを口にした。


「……イルカドルフィン?」


 光のイルカは庫内を跳ねまわるように泳ぐと、天井を突き抜けて外へ出てしまった。唖然と見守る一団の中で、儀堂がだけが平静を保っていた。


「一応聞くが、何をした?」


「この機械仕掛けの躯から解いてやったのじゃ。あれこそが魔導によって仕掛けられた怪異の正体よ」


 得意げにネシスは言った。


「それで、こいつはただの瓦礫になったわけだな」


「いかにも──」


 儀堂の背後でローンが頭を抱えていた。たった今、目の前で怪異の手がかりが紛失したのだ。


◇========◇

次回12月27日(月)に投稿予定

すみません。かなり体調不良で回復に時間がかかりそうです。

来週お休みして再来週投稿いたします。

ここまで読んでいただき、有り難うございます。

引き続き、よろしくお願いいたします。

弐進座


◇追伸◇

書籍化に向けて動きます。

まだ確定ではありませんので、

実現のために応援のほどお願いいたします。

(主に作者と作品の寿命が延びます)

詳細につきましては、作者のTwitter(弐進座)

もしくは、活動報告(2021年6月23日)を

ご参照いただけますと幸いです。

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