招かざる予兆(Scirocco)22
連絡会議が終わった後、二人の高官が室内に残された。
「それで……?」
カニンガムは少し離れた席へ話しかけた。ヘンリー・ウィッペル中将だった。老けて見えるが、カニンガムよりも二年ほど遅く生まれている。
「日本人との付き合いは、あまりありませんが……」
ウィッペルは両眉を上げ、ぎろつかせた。特徴的な堀の深い双眸で、油断ならない雰囲気を漂わせていた。
「そう……ギドーという名前でしたか。彼は友人に持ちたくはないが、部下としては欲しく思いますね」
ウィッペルは諧謔めいた笑みを浮かべた。
「あなたと話しているとき、彼の眼を見ていましたが……まるで接着剤で固定したかのように、正面を向いたままだった。蝋人形が喋っているのかと私は思いましたよ」
カニンガムは苦笑した。
「それは好意的な評価と捉えていいのだろうね」
「ええ、もちろん。自身の判断に、まったく迷いがない傾向です。実戦部隊の指揮官に求められる資質の一つだ。頭の回転も悪くはなさそうだ。ただ──」
ウィッペルは視線を彷徨わせると、
「いささか、ユーモアのセンスに欠くのが気になりますね」
「それも実戦に必要な資質の一つかね?」
「我が軍の将校には必須かと思われます。しかし誠に幸いなるかな。彼は日本人です」
「なるほど、ならば何の問題もない?」
カニンガムが念を押すと、ウィッペルは肯定した。
「ええ、その通りです。フランス人よりは頼りになるでしょう。少なくとも我々にとっては頼もしい味方です」
「それは結構。では、私としても心置きなくアレキサンドリアまでの道案内を頼める」
ウィッペルはアレキサンドリアへ向かう艦隊の指揮官だった。儀堂たち第十三独立支隊は、一時的にウィッペルの部隊と協働で護衛任務に就くことになっていた。
「お任せを……それにしても、どこか因縁めいたものを感じますな」
ウィッペルは立ち上がった。
小首をかしげるカニンガムにウィッペルは続けた。
「お忘れですか。かつて我々が日本人と轡を並べて戦ったのも、ここ地中海でしたよ。あのときも今回のような護衛作戦でした」
「ああ、確かに──」
ウィッペルは第一次大戦を示唆していた。日本は連合国側で参戦し、地中海へ小規模な艦隊を派遣した。
「隔世の感があるな。
カニンガムの感想に、ウィッペルは深く同意した。
「ええ、全く。少なくとも敵は
◇
会議室を出て数十分後、ジブラルタル港内の倉庫に儀堂たちは出向いていた。庫内は閉め切られ、カビ臭かった。外気温と比べて肌寒さを感じ、どうにも儀堂の心はざわついた。その理由へ思いを巡らせ、ふと数年前に帝都の安田講堂で見た光景がフラッシュバックした。
ほの暗いホール、血に染まった布にくるまれた塊の群れ。肉親だったものをこの手に抱いて、生家へ帰った夜。死ぬまで焼き付いて離れない、悪夢の原風景だ。
「いかがした?」
鈴のような少女の声が儀堂を現実に戻した。
「いや、なんでもない」
儀堂は深く息を吐くと、庫内の奥へ足を進めた。その後を数名の一団が続いていく。会議室にいたメンバーに加えて、さらに二人増えていた。ネシスと本郷に連れられたユナモだ。
一団の先をローンが先導していたが、ある一画で足を止めた。
「見立てを教えてくれ」
傍らに立つネシスに儀堂は尋ねた。彼らの前には、フィルムに映し出されていた漂流物が、無造作に羅列されている。
「はてさて──」
ネシスはひょうひょうとした足取りで、倉庫内の漂流物の検分を始めた。そのすぐ後ろを、ユナモが早歩きでついていく。
「どれもこれも何の変異もない……ほう──」
ふとネシスは軽く跳躍すると、倉庫の奥のほうへ体躯を移した。
「これはずいぶんと小さな柩よのう……」
フィルムに映っていた魚雷だった。儀堂が近づくと腐敗臭が漂ってきた。表面を覆いつくしていたフジツボが原因だった。
「信管は抜いてありますよ」
ローンが遠くから叫んだ。どうやら近づくつもりはないらしい。
「おかしなところがあるのか?」
儀堂のと言うに対して、ネシスは答えることなく魚雷に触れた。そして、小声で何かをつぶやき始めた。
直後のことだ。
魚雷が赤く光を帯びると、フジツボがはがれ、綺麗な光沢が現れた。続けてモーター音が響き、スクリューが回転し始める。
「こやつには魔導の式が施されておる」
ネシスが嗤った。
◇========◇
次回12月13日(月)に投稿予定
ここまで読んでいただき、有り難うございます。
引き続き、よろしくお願いいたします。
弐進座
◇追伸◇
書籍化に向けて動きます。
まだ確定ではありませんので、
実現のために応援のほどお願いいたします。
(主に作者と作品の寿命が延びます)
詳細につきましては、作者のTwitter(弐進座)
もしくは、活動報告(2021年6月23日)を
ご参照いただけますと幸いです。
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