招かざる予兆(Scirocco)21

「第一次大戦の記事だ」


 儀堂の脇から本郷が見出しを読み上げた。


「よほど年代物のUボートだったようで……」


 冗談とも本気ともつかない口調で、嘉内が言った。日本語だった。


「しかし、ありえない話ではない」


 嘉内は英語に切り替えた。


「誰かの遺品の一つに、たまたま古い新聞が包装代わりで使われていた。それがたまたま戦闘で浮き上がって回収された……とか。ただ、それくらいの仮説は、とうに検証されているのでしょう?」


 ずり落ちそうな眼鏡をくいと引き上げ、嘉内はローンを凝視した。ローンは目を反らしながらも、肯定した。


「全く、その通り。聖遺物のごとく、紙切れ一枚を保護したのは相応の理由があってのことです。他の漂流物を分析したところ、どれもが第一次大戦前後に作られたものでした」


 ローンは自身の部下たちに映写機を準備させると、室内の明かりを消した。スクリーン代わりの白い壁に、長方形の光が宿った。


「今回に限らず、戦闘後に回収された漂流物たちです。さながら人類史の博覧会ですよ」


「どういう意味だ?」


 尋ねる本郷に対して、ローンはフィルムを回して答えた。


「まあ、御覧ください」


 記録フィルムは断片的な映像を繋ぎ合わせたものだった。それぞれ撮られた場所はアレキサンドリアやマルタ、そしてジブラルタルのようだった。撮影時期はちょうどパナマ会議が終わった頃から、ここ数カ月に集中している。


 初めに映し出されたのは、ドック入りした軽巡洋艦だった。リアンダー級だろうかと儀堂は思った。確かめる前に、次の場面に映像が遷移した。船腹の中央部分に人工物と思しきものが突き刺さり、破孔が生じていた。


 再び映像が切り替わり、今度は船首側、横方向から突き刺さった人工物を捉えていた。ここでようやく正体が分かった。


衝角ラミングか」


 ぼそり儀堂は呟くと、身を乗り出した。人工物は船首の一部だった。より正確には船底付近に備えられた体当たり用の衝角だ。それが軽巡洋艦の船底に突き刺さっていた。


「……こいつは時代錯誤にもほどがありませんかね」


 嘉内がぼやくように言った。どう評価すべきか、困惑しているようだった。衝角による突撃戦法は海戦史上では使い古されて、いまや伝説上でしか知りえない戦法だった。文字通り、船の舳先を敵へぶつける。シンプルだが、それだけに効果的な攻撃手段だった。


 二人の反応を見て、本郷が首をかしげた。化かされたような顔だった。


「僕が知る限り、これは古代ギリシアのガレー船の一部に見えるのだが……」


「正解です」


 ローンがにやりと笑った。


 そこから先は支離滅裂だった。


 ある貨物船は船腹が滅多打ちに砲撃されていたが、幸いにも|貫通することはなかった。摘出されたのはアンティークものの砲弾だった。十六世紀ごろに使用された古式ゆかしい球形の砲弾だ。


「専門家が言うには、カルバリン砲のものらしいです」


 付け加えるようにローンが言うと、カニンガムが捕捉した。


「帆船時代の遺物だ。レパント辺りで使われたものかな」


 畏まった顔でローンが礼を言った。


 続いて出てきたのは、おびただしい数の漂流物だった。波間に漂うのは木造船のマストやオール、どれもがぼろぼろに腐り、触れただけで崩れてしまいそうだった。


 今度は岸壁に係留された、駆逐艦の姿が映し出された。一見すると無傷に見えるも、右側に少し傾いでいるのがわかった。


「つい先日の戦闘で損傷した艦です」


「やはり、船底か?」


 儀堂が小首をかしげた。


「ええ──ああ、ほらもうすぐ映ります」


 恐らく短艇カッターにカメラを載せて、近づいているのだろう。艦首が徐々に大きくスクリーンに広がっていった。やがて鋼鉄の船体がレンズ一杯に広がると、カメラは下方へ向けられた。


 吃水線から一メートルほど下に筒状のものが突き刺さっているのが見えた。少し色が変だが、明らかに魚雷だった。信管が不発だったのか、爆発しなかったらしい。


「ようやく見慣れたものが出てきましたね」


 嘉内が日本語で儀堂に話しかけると、ローンが肯いた。


「ええ、初めは私もそう思いました」


 同じく日本語だった。


「初めは?」


 場面は移り、どこかの港の倉庫が映し出された。大量の漂流物が無造作に並べられている。なるほど博覧会とは、よく言ったものだった。古代から近代に渡り、地中海を行き来したであろう船の遺物だった。どれもが不完全で原型をとどめていなかったが、人類の形跡であることには違いなかった。


 カメラに先ほどの突き刺さった魚雷が映し出された。どうやら無事・・に引き揚げられたようだ。ようやく嘉内は合点がいった。何かおかしいと思ったのだ。そうだ。あんな毒々しい模様の魚雷、見たことがない。


 白黒の魚雷は不定形な模様を帯びていた。それらは塗装されたわけではなく、付加されたものだった。フジツボがびっしりとこびりつき、スクリュー部分はさび付いてモノにならなかった。


 突然映像が途切れるとカタカタと乾いた音が鳴り響いた。フィルムが途切れたのだ。カーテンが明けられ、室内に容赦なく明かりが満たされた。


 一同が光に目を慣らすまで、数秒の沈黙が訪れた。


「さて、我々の敵について理解できただろうか」


 口火を切ったのはカニンガムだった。


「いいえ、全く」


 儀堂は即答した。


「何一つわかりません」


 カニンガムは口端を僅かに捻じ曲げた。


「なるほど、我々と見解は一致しているようだな。実に目出度い」


 儀堂も同様の笑みを漏らした。


「ええ、その点については同意します。ただ──」


「何か?」


「その正体について心当たりのある奴ならば、一人知っていますよ」


 儀堂の脳裏に角の生えた鬼子が浮かんだ。


◇========◇

次回12月06日(月)に投稿予定

ここまで読んでいただき、有り難うございます。

引き続き、よろしくお願いいたします。

弐進座


◇追伸◇

書籍化に向けて動きます。

まだ確定ではありませんので、

実現のために応援のほどお願いいたします。

(主に作者と作品の寿命が延びます)

詳細につきましては、作者のTwitter(弐進座)

もしくは、活動報告(2021年6月23日)を

ご参照いただけますと幸いです。

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