招かざる予兆(Scirocco)19

【ジブラルタル港 <大隅>船内】

 1946年5月11日 午後


 <大隅>の会議室に6人ほど集められていた。男女の構成比は半々で、6人中4人が士官だ。


「お時間をいただき、有り難うございます」


 <大隅>船長・・嘉内かない少佐は丁寧な口調だった。彼こそが会議の発起人、あるいは主謀者だ。


「儀堂司令には|ご足労いただき、恐縮です」


 年下の儀堂に対して、嘉内は丁重に礼を言った。殊更に嫌味のない口調になるよう、心掛けている。対して、儀堂は無感動に手を振った。


「構わない。あなたたちが<宵月>に来てもらうよりも、より道理にかなっているよ」


「助かります」


 嘉内は内心でなるほどと思った。噂に違わず、かなり現実的な人物らしい。


 室内を一通り見渡す。儀堂は嘉内の対面、室内の奥座の席に座っていた。その横にはネシスが当然とばかり腰を下ろし、いかにも退屈そうだった。さらに一つ席を空けて本郷中佐が腰を下ろし、ユナモを膝の上に乗せている。


「御調少尉、君はそのままでいいのか?」


 ドアの近くに佇む麗人に、本郷は遠慮がちに尋ねた。御調は首を縦に振った。


「はい。どうかお気になさらず。これが私の任務ですから……」


「それは……なんというか、そうか」


 本郷は、ややバツの悪い面持ちで頭をかいた。


 嘉内は必要な一同が揃ったことを確認し、本題を開陳することにした。


「早速ですが、現状を整理しておきたいと思いまして……お集まりいただいた次第です」


 嘉内は欧州と地中海全域図を壁に掛け、巻物のように広げていった。


「我々の第一目標はバルカン半島です。目的は英国軍への支援と、ドイツへのけん制……そして」


 嘉内はバルカン半島の一角、かつてセルビアやブルガリアなどの中小国が軒を連ねていたあたりだった。今では魔獣との交戦区域に指定され、無人地帯ノーマンズランドと化している。


「バルカン山脈沿いにあるBMの調査……以上が表向きの任務です」


「……表向き?」


 本郷が僅かに身を乗り出し、ユナモがこくんと頭を揺らした。


「裏があるのかね?」


 怪訝そうな本郷に対して、儀堂は表情を変えずにいた。ひょっして承知しているのかと本郷は思った。


「本郷中佐にお伝えするのは、初めてですね。ああ、どうか。ご不快に思われたのならば謝罪します。本質は変わりません」


「要するに──」


 儀堂がその後を継ぐように言った。


「費用は英国持ちで、バルカン半島くんだりドイツをぶん殴り、ついでに好き放題する。そういう旅程ですよ」


 沈黙の後で、ネシスの嗤いがはじけた。


「愉快極まる道行きじゃな。路銀の気にせぬ旅ほど、気楽なものはなかろうて」


 からからと嗤う鬼子を横目に、本郷は戸惑いつつも理解を示した。


「なるほど把握した。旅は恥のかき捨てというが……やれやれ、悪だくみに噛んでいるようだ」


「いえ、『ようだ』ではなく、これは歴とした悪だくみです」


 嘉内は口端を歪めて言った。本郷は何とも言えぬ顔で肯いた。


「それで、続けてもよろしいですね」


 嘉内は沈黙を肯定と捉えた、


「バルカン山脈のBMについては、英国軍情報部から詳細なレポートをもらう予定です。まあ、その辺はローン大尉から話があるでしょう。英国海軍ロイヤルネイビーの地中海艦隊からも司令部へのお誘いが来ています。確か、明日の午後でしたな。どうやら、さっそく我々に借りを作ってくれるようで──はてさて、鬼が出るか蛇出るか。おっと失礼」


 嘉内は畏まった様子でネシスに頭を下げた。他意はなかったらしい。


「嘉内少佐、あなたは見当がついているのではないか?」


 儀堂が淡々と尋ねた。嘉内はとぼけた顔で、分厚い丸眼鏡を上げた。


「ええ、まあ、おおよそは……」


 本郷は首をかしげたが、すぐに気が付いたようだった。


「なんとなくそうかと思っていたんだがね。つまり、僕ら戦車の出番はないってことでいいかな」


 本郷の視線は<大隅>の船外へ向けられていた。丸く切り抜かれた舷窓、その先には大小さまざまな船が停泊していた。いささか過剰ともいえる密度で、ひしめき合っている。


 よおく目を凝らせば、甲板にはワイヤーで厳重に拘束された戦車や軍用車両の姿が見えた。いずれも英国本土で生産されたものだ。


「各々方がお察しの通りです。我ら外洋海軍ブルーウォーターネイビーのお家芸、船団護衛というやつですよ」


 嘉内は地中海内部を指でなぞっていった。


「近頃、地中海航路は魔獣に食われまくっているらしいのです。片道だけでしょうが、護衛作戦が我ら第十三独立支隊の最初の任務になるでしょう。もちろん断ることもできますが──」


「その選択はない」


 嘉内を遮り、儀堂は断言した。


「ここは魔獣の海ではないからな。それに、俺は全く納得できない」


「と言うと?」


「地中海航路が食われすぎだ。喪失率が3割だったか? 俺が知る英国海軍は、そのような間抜けではないよ。アラビア海でもインド洋でも、激戦であれ優勢を保ってきた連中だ」


 儀堂は護衛総隊にいた頃、英国海軍との協同作戦に参加している。だいたい日本に護衛作戦の概念を叩き込んだのは、誰あろう英国海軍なのだ。


「ならば、ほかならぬ異常が、この海には潜んでいるはずだ。そう未だ知らぬものが、この海にあるのだろうさ。そいつを炙り出す必要があるんじゃないかい」


 儀堂の双眸は、地中海の地図を食い入るように固定されていた。


◇========◇

次回11月22日(月)に投稿予定

ここまで読んでいただき、有り難うございます。

引き続き、よろしくお願いいたします。

弐進座


◇追伸◇

書籍化に向けて動きます。

まだ確定ではありませんので、

実現のために応援のほどお願いいたします。

(主に作者と作品の寿命が延びます)

詳細につきましては、作者のTwitter(弐進座)

もしくは、活動報告(2021年6月23日)を

ご参照いただけますと幸いです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る