招かざる予兆(Scirocco)6
演習終了後、大天幕に中隊以上の指揮官が集められた。今回は敵味方ともに連隊規模の戦力だったため、総勢で十四、五名ほどになった。
中央に置かれた折り畳みデスクに、作戦図が広げられ、あちこちに矢印や前線の書き込みがなされていた。参加部隊に見立てられたアイコンも並べられている。
デスクを挟むように、ブラウ軍とローテ軍の指揮官が立ち並び、彼らに挟まれるかたちで演習の統裁官が数名立っていた。統裁官は演習の戦闘経過を記録し、戦闘の勝敗を判定する役目を追っていった。いわば
「まず、ブラウ軍の初動に問題があった」
統裁官の一人が言うと、ブラウ軍側の参謀が不機嫌を露わにした。
「問題とは?」
ブラウ軍の指揮官が問い返した。石のように固まった顔つきだった。
「誤解なきよう。あなたを非難するわけではないのです」
統裁官が続けた。
「敵影捕捉にも関わらず、その報告が上級司令部に届くまで時間をかけすぎています。そのため、増援部隊を送る機を逃している。前線が突破された後の対応も、引きずられて遅れた。異論はありますか?」
念を押すような口調だ。本人に故意はないのだろうが、嫌味にも聞こえた。
「異論はない。しかし、今回のケースは特殊だった。前線で対応が遅れたのは、必然だ」
「あなたの言う『特殊』について説明していただきたい」
統裁官が首をかしげた。見方によっては小ばかにしているように捉えられる。ブラウのみならず、ローテ側からも顰蹙をかいそうだった。
ブラウ軍の指揮官は表情を変えず、続けた。
「我々は今回の演習意図について十分な説明を受けていない。侵攻する敵を迎撃するのが目的だったが、その敵が何ものなのかは聞いていなかった」
「それがどうかしましたか」
統裁官は困惑した様子だった。さすがにブラウ軍の指揮官も鼻白んだ。
「現実の戦闘で、敵がいちいち名乗りを上げるわけではないでしょう? 確かに、この土地はドイツ騎士団領の一部でしたが──」
統裁官は冗談を言ったつもりだったが、誰にも受けなかった。
「そんなことはわかっている」
ついに耐え切れず、ブラウ軍側の首席参謀が口を挟んだ。
「君は伝えるべき前提を伝えていない。敵が
苛立ちを押さえた声で、ブラウ軍の参謀は言った。
「これまで、我々は対魔獣の訓練と演習を重ねてきた。国防軍が対峙した敵の大半は人ならぬものばかりだったからだ。しかし、今回は違う。蓋を開ければ敵は完全充足状態の装甲部隊という想定だった。これでは、接敵で混乱しても仕方がないだろう。なぜ、対人戦闘の演習だと伝えてくれなかったのだ?」
まくしたてるようなブラウ軍の参謀を前に、統裁官は困惑していた。内心では何を言っているのか全くわからないのだろう。
「それはローテも同様です。あなた方、つまりブラウが人間の軍隊としてふるまうと知らされていなかった。しかしながら、彼らはさほど混乱しませんでした。私には何が問題かわからない」
統裁官が能力を疑う顔つきになっていた。ブラウ軍側からささくれ立った空気が醸し出され、ローテ軍側は白けた空気になっていた。しかしながら、統裁官は気づきそうになかった。元から、そういう人間なのかもしれない。
「この──」
ブラウ軍の参謀が罵倒する寸前で、ハウザーが口を開いた。
「ローテが攻撃側だったからです」
「君は……」
「第五装甲中隊のハウザーです」
天幕の隅で、ハウザーは応えた。
「ああ、あの惜しかった部隊か。君の判断は悪くなかった」
恐らく褒めたつもりなのだろうが、皮肉にしか聞こえなかった。
「それはどうも。話を戻しますが、今回の演習は攻撃側が著しく有利だと小官は愚考します」
「具体的には?」
「我々、ブラウ側は敵が魔獣であると想定して部隊を展開していました。よって、初動で敵が重砲を叩き込んでくるなど思いつきもしなかったのです」
ローテ軍の初撃はブラウ軍側の陣地に対する砲撃から始まった。ローテ軍は事前に斥候を出し、前線の配備を把握したうえで準備砲撃に移ったのだ。ブラウ軍側もローテ軍の動きは把握していたが、十分な対応を行わなかった。魔獣が重砲など使うはずがないからだ。
防御側のブラウ軍の立場では、下手に動いて前線に穴をあけるよりも陣地にこもって進撃してきた敵を迎え撃つほうが確実な戦果を望むことができた。
だからこそ、ローテ軍の為すがままに初動でブラウは前線を突破されたのだった。
戦闘開始直後、戦況を伝える無線でローテ軍の砲撃と戦果の判定報告が入り、ようやくブラウ軍側は対峙している敵が魔獣ではなく、人類だと気が付いた。もちろん、それはローテ軍側も同様だった。自分たちが魔獣だと思って、砲弾を叩き込んだ相手が人類だと知らされたのだった。
ブラウ、ローテ双方ともに人間相手の演習だとわかり、混乱が生じた。しかしローテ側の決心のほうが早かった。準備砲撃により崩れた前線から一気に浸透し、ブラウ側の防御を崩していったのである。
ハウザーがかいつまんで演習の問題提起を行うと、両軍の部隊指揮官が暗黙に同意を示した。ブラウ軍側の参謀は、やや複雑な顔つきだった。本来ならばこの手の弁護は彼が果たすべき役割だった。
統裁官も同意した様子だったが、口から出た言葉は正反対のものだった。
「確かに、君の言う通りかもしれないが、実戦ではありうる事態だろう。我々の敵は、魔獣だけとは限らないのだ。たまたま遭遇した敵が、第三国の正規軍になるかもしれない」
一瞬の沈黙の後で、ハウザーは同意した。
「ええ、確かにその通りです。ただし、実戦とは明確に違う点が一つありますよ」
「なんだね」
「魔獣は戦車に乗ってきません」
天幕内が失笑に満たされた。
◇
「やあ、ちょっといいですか」
会議が終わった後、天幕を出たところでハウザーは声をかけられた。相手は自分と同じ階級だが、年齢は向こうのほうがやや若いように見えた。あるいは体型のせいかもしれない。丸顔でやや太り気味だった。畜産業でも営んでいそうな出で立ちだ。
「あんたは?」
「アルベルト・アドラー、あなたの部隊に蹂躙された指揮官です」
「ああ……」
演習最後の戦闘で、ハウザーが戦った部隊の指揮官だった。
「その代わりに、うちの大隊本部は、あんたに蹂躙されたわけだ」
「運が良かっただけですよ。もし、あなた方の大隊が陣地転換していたら勝敗は逆だった」
「かもしれないが、結果は覆らない。それが現実だ。何はともあれ、おめでとう。君の動きは見事だった。ちょうど会って話がしたいと思っていたんだ」
「奇遇だな。実は、私もです。いろいろと今回の演習、思うことがありましてね」
「ほう……」
ハウザーは小声で返した。
「思うところとは?」
「いえね……」
アルベルトも声のトーンを落とした。
「なんで、今になって対人戦闘の訓練を始めたのか気になりませんか。ロシア人もいなくなったというのに……」
「……何か知っているのか?」
「いい
「いいね。ちょうど喉が渇いたところだ」
後日に、落ち合う約束をすると二人は部隊の元へ帰っていった。
◇========◇
次回9月27日(月)に投稿予定
ここまで読んでいただき、有り難うございます。
引き続き、よろしくお願いいたします。
弐進座
◇追伸◇
書籍化に向けて動きます。
まだ確定ではありませんので、
実現のために応援のほどお願いいたします。
(主に作者と作品の寿命が延びます)
詳細につきましては、作者のTwitter(弐進座)
もしくは、活動報告(2021年6月23日)を
ご参照いただけますと幸いです。
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