招かざる予兆(Scirocco)5

 味方のロケット砲により、敵集団は戦車1両が走行不能となり、随伴歩兵が12名ほど死傷した。その他にハーフトラックが2両ほど大破炎上となった。


 まずまずの成果だとハウザーは思った。同時に自分が食らった時を想像し、とても嫌な気分になった。ロケット砲弾の威力も莫迦にならない。今後は、もっと散開しながら進むべきなのかもしれない。


 フロントベルタに着くと、すぐにハウザーは全車両を窪地や茂みに展開させた。車体は枯れ枝や木の葉やらでまばらに覆われている。


 残された時間は少なかった。あの擲弾兵からの通信は途絶していた。彼がうまくやってくれたのならば、恐らくもうすぐ……エンジン音が聞こえてきた。


『こちらゲルベ1、敵集団を認める』


 前衛役の小隊長から無線が入る。


『戦車6、歩兵多数、小隊規模が随伴。距離およそ……1000』


 第一発見の距離としては、近すぎるように思った。森の戦いでは、視界が限られる。音が頼りだが、自車両のエンジン音が遮ってしまう。結果的に目視できるのは一千メートルをきったところだった。


「戦車が6だと?」


 最初の報告では、敵戦車は10両いたはずだ。パンツァーヴェルファーの一撃で、行動不能になったのが1両。残りは9両。そして、目の前には6両。


「残り3両はどこへ消えた?」


 嫌な予感を覚えたが、今さら陣地転換するわけにはいかなかった。


 ままよとハウザーは決意した。


 Sd.Kfz《ライヒタァシュツェン》250/3から身を乗り出し、双眼鏡をゲルベ小隊の方向へ向けた。薄暗い森の中を突き進む、鋼鉄の野獣の群れが見えた。とてもゆっくりとした足取りで、周囲を警戒しているのがわかった。どれもが新型で、ハウザー麾下のⅣ号戦車よりも火力、防御力ともに優越していた。


「畜生めが、ただでさえ不利なのに、歩兵まで連れてきやがって……」


 実のところ、戦車が無敵でいられる戦場は極めて限られている。


 確かに戦車は強力だが、万能ではない。視界が限られており、すぐに故障する。目立つゆえに、真っ先に的にされ、対戦車砲や爆撃機から厚い歓迎を受けることになる。特に携行式の重火器が発達した今では、歩兵相手にも油断ならなかった。死角から吸着地雷や無反動砲を撃ち込まれてしまう。


 相手は、できる指揮官なのだろうと思った。


 だからこそ、歩兵を連れ立って欠けた視界を補いながら前進してきたのだ。とりわけ、ここが森林地帯であるならば尚更だった。仮に奇襲を受けても、すぐに攻撃位置を特定、反撃に移ることができる。逆に歩兵だけ先行させて、斥候に出すことも可能だ。


 今回の場合、後者の可能性は考慮しなくてもいいだろう。前線を突破してから、会敵まで短すぎる。何よりもタイムスケジュール的に限界が来ている。多少の無理をしてでも攻勢に出なければ目標を達成できないだろう。敵側に時間がなければ斥候をだされて、こちらの位置がばれる危険も少ない。


 敵集団との距離が800に迫りつつあった。


 ハウザーは双眼鏡を降ろすと、無線機のスイッチを入れた。チャンネルをオープンに合わせた。戦闘開始を明確に伝えるためだった。


「これよりブラウ軍、第五装甲中隊は戦闘を開始する。各車、距離700で攻撃せよ。その後は突っ込んで。交互躍進射撃。奴らを押し戻せ」


 彼の中隊には無傷の戦車が12両残っていた。そのうち、9両の射界に敵集団が入っていた。ハウザーは小隊単位で目標を指示した。1両の敵に対して、こちらは3両が仕掛ける算段だ。


 過剰ともいえる火力に思えるかもしれないが、それでもハウザーは不安だった。カタログスペック上は相手の新型車両のほうが圧倒的に性能が上だからだ。Ⅲ号戦車で、今は亡き赤軍のT-34を相手にしていた頃を思い出す。


 初撃で敵の戦力を半分削り取り、あとは乱戦に持ち込んで一気に片を付けるつもりだった。姿の見えない敵の戦車3両が気になるが、それはこの戦闘に勝利した後の話だ。


 敵戦車。その先頭が700を切った。


「フォイヤ!」


 毒々しいオレンジ色の煌めきが、各所で生まれた。


『判定。撃破1、行動不能1、小破1』


 無線で戦果が伝えられる。撃破、行動不能となった敵車両が赤い旗を立てた。


「小破1だと……」


 あの距離、しかも3両がかりで仕留め損なうなどありえないことだ。新兵でもあるまいし、判定のサイコロダイスに細工でもしているのか。


戦車、前進パンツァーフォー


 罵倒したい気持ちをおさえ、ハウザーは命じた。奇襲の効果はすでに切れている。敵の反撃をくじかなければ、たちまち逆襲されるだろう。


 12両のⅣ号戦車が躍進し、一気に敵集団に突っ込んだ。


 距離を詰める間に、いち早く立て直した敵車両の砲口が火を噴いた。発砲は2両、そのうち一発が味方に命中、撃破となる。


 さらに距離を詰める間に、2両が行動不能と判定された。ほぼ完全に奇襲されたのにも関わらず、敵側の混乱は少なかった。随伴歩兵に動揺は見られたが、即座に後退が命じられたことで落ち着きを取り戻した。あるいは、奇襲を見越して事前に示し合わせていたのかもしれない。


 ハウザーたちが敵集団へ肉薄するうちに、さらにエンジントラブルで2両が離脱した。しかし、それでもハウザー中隊の有利は覆えらなかった。


 反撃をかいくぐった7両の戦車が敵集団と入り乱れ、至近距離で―と言っても、300前後だが―発砲。車体や砲塔の側面に対して、命中判定が下される。


 最終的には、ハウザーは中隊の半分を犠牲にしながら、この戦闘に勝利した。


 敵側は6両の戦車を全て喪失した。歩兵やハーフトラックの損害は大きくはなかった。いずれも奇襲が始まった段階で、早期に後退したからだ。


「やはり、できる奴だな」


 ハウザーは確信した。無駄な犠牲を回避し、最小限の損害で敗北を抑えている。やや時代錯誤的な感情に囚われる。中世の騎士が好敵手に巡り合ったような心境だった。


「おい、シュニッツ──」


 相手の指揮官の名前を訪ねようとしたとき、無線手が血相を変えて振り向いた。


「本部から救援要請です。敵戦車3両が接近中」


「やられた……!」


 敵部隊は二手に分かれていたのだ。ハウザーたちが派手に暴れまわる一方で、僅か3両の主力が大隊本部を直撃していた。


 ハウザーは悪態をつくと、残存戦力を率いて大隊本部の救援に向かった。間に合わないことはわかっている。しかし、相手を捕捉することは可能だ。そのまま殲滅してしまえば、あるいはブラウ軍の勝利と判定されるかもしれない。



 残念ながらハウザーの思惑は叶わなかった。敵部隊は本部を蹂躙すると、航空支援を要請し、素早く離脱していた。


 ハウザーの部隊は大隊本部もろとも爆撃にさらされ、壊滅判定が下った。


 演習はローテ軍の勝利と判定された。


◇========◇

次回9月23日(木)に投稿予定

ここまで読んでいただき、有り難うございます。

引き続き、よろしくお願いいたします。

弐進座


◇追伸◇

書籍化に向けて動きます。

まだ確定ではありませんので、

実現のために応援のほどお願いいたします。

(主に作者と作品の寿命が延びます)

詳細につきましては、作者のTwitter(弐進座)

もしくは、活動報告(2021年6月23日)を

ご参照いただけますと幸いです。

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