新たな戦影(The shadow of war)3
【パナマ港 <大隅>】
1946年2月20日
爆破テロから数時間後、儀堂は<大隅>を訪れていた。速足で艦内を移動し、まっすぐ医療室へ向かう。強張った表情を浮かべながら、儀堂は扉を開けた。
「負傷したと聞きましたが……」
小首をかしげながら、儀堂は尋ねた。
寝台には、包帯を頭に巻いた六反田が横たわっていた。見た限りでは、たいしたケガではなさそうだった。
「ちょいと瓦礫で頭を切ってな。死ぬほどのことじゃない」
六反田もパナマ会議の爆破テロに巻き込まれていたが、間一髪で直撃を免れていた。小用で離席したとき、爆発が起こったのだ。
「やれやれ、ひどく無様な格好でトイレから出る羽目になった。まあ、用を足した後だったのが救いか」
ぼやく六反田にかまわず、儀堂は室内を見渡した。
「軍医や医療班の姿が見えませんが、どこへ行ったのですか」
「連中ならパナマに貸してやったよ。まったく、魔獣との戦闘よりも酷い有様らしい」
パナマ市内の医療機関は完全にパンクしていた。先日の魔獣との戦闘に加え、今回の爆破テロがとどめになったのだ。<大隅>だけではなく、英米海軍の艦からも救援に向かっていた。
「俺としても、今のほうが都合がいい。人払いをする手間が省けたからな」
六反田は半身を起こした。
「お前さんと話をしておきたかったんだ。まあ、座れよ」
六反田がすぐそばの丸椅子を指すと、言われるまま儀堂は腰を下ろした。
「君の方は回復したのか。えらく御調君が気をもんでいたぞ」
ガトゥン湖の戦闘の後、儀堂はしばらく昏睡状態にあった。目が覚めた後も衰弱が激しく、まともに身体が動くようになったのは、昨日になってからだ。
「たいしてことはありません。それよりもお話とはなんでしょうか?」
「そう急くなよ」
六反田はにやりと笑い、ポケットから一枚の紙片を取り出した。
「俺もそろそろ年貢の納め時のようだ」
儀堂は紙片を受け取ると、ざっと目を通した。内容は六反田の召喚を意味するものだった。
「東京へ戻るのですか」
「ああ、俺のシエスタも終わりだ」
政府内で、六反田の更迭を求める声が目に見えて増えていた。これまで持ち前の神経の太さと行動力で突破してきたのだが、それも限界だった。
パナマでの独断専行、とくに英国の情報部と取引した一件で複数の省をも敵に回していたのだ。他に、パナマの事務官会議でひと暴れしたことも問題になっていた。
北米での停戦動議は日本側の既定路線だったが、六反田は亜細亜号のごとく弾丸特急で押し通してしまった。おかげで合衆国との関係に亀裂が入ってしまったのだ。これで、外務省を敵に回すことになった。
確かに六反田の
しかしながら、六反田は一介の少将にすぎなかった。何の代表権も持たず、六反田はあらゆる省庁の領域を土足で踏み荒らしまくったのだ。
「戻ったら、手ひどく山本(軍令部総長)さんや井上(海軍大臣)さんに叱られることになりそうだ」
首をすくめる六反田だったが、悪びれた様子を全くなかった。
「今回の閣下の動きは、山本総長や井上大臣も承知の上ではなかったのですか?」
「知ってはいたさ。北米停戦と月鬼の情報開示も含めて、全部ひっくるめて共犯だった。ただ、手段については指示を受けなかったからな。だから俺流でやらせてもらった」
「なるほど、それは道理ですね」
あっさりと儀堂が肯いたのを見て、六反田は吹き出した。並の士官ならば絶句していたところだろう。やはり、こいつを引き込んで正解だったと思う。
「ところで、私を呼んだのは閣下を東京までお送りするためですか。先日の戦闘で<宵月>は損害を受けましたが、機関は無事です……」
「いいや、違う。貴官に面倒を押し付けたい」
既視感を覚えた。どこかで、似たようなやりとりをした気がする。
ああ、思い出した。
ネシスと初めてあった夜。俺はこの少将に特大の面倒を押し付けられたのだ。
「儀堂少佐、可及的かつ速やかに欧州へ向かえ。今回の騒ぎを引き起こした奴らを探し出し、落とし前をつけさせろ」
◇
儀堂が<大隅>を去った後、矢澤中佐が<大隅>へ戻ってきた。
「ひとまず、二月いっぱいは稼げそうです」
矢澤は六反田の代わりに、本国との連絡を行っていた。六反田の召還、その迎えが来るまでの時間稼ぎを行うためだった。
「閣下は名誉の負傷をされたことになっています。全治二週間ほどということにしました。それ以上は、さすがに感づかれます」
矢澤は、六反田が重傷で動けないということにしたのだった。ちょうど都合よく、爆破テロに巻き込まれたため、利用させてもらった。
「妥当な長さだな。ドックの手配はどうなった? 穴あき状態で、うちの艦を欧州へやるわけにいかんぞ」
「英国が手を貸してくれるそうです。どれほど利子をつけられるか、考えるだけぞっとしますが」
「なぁに、すぐに返済できるさ」
六反田は鼻歌交じりに、寝台から身を起こした。
「むやみに出歩かないでくださいよ。閣下は右足を折ったことにしておりますから」
「えらく難儀な嘘をついたな。ところで、会議場爆破について何かわかったか?」
矢澤は神妙な顔つきになった。
「犯行声明が出ました。現地の新聞で投書が届いだそうで、コミンテルンを名乗っています」
「出来の悪いジョークだな。もっとマシなウソがつけないのかね」
冷ややかに六反田は言った。
「共産主義者の大半はシベリアの永久凍土に埋もれているよ。連中にそんな力はない」
「ならば、やはり──」
「十中八九、ドイツさ」
鏡の前に立つと、包帯から血が滲んで見えていた。畜生め、色男が台無しだ。
「連中のしっぽを掴むために、儀堂君には欧州へ行ってもらう」
矢澤はどうにも納得しがたかった。儀堂は優秀だが、それは純然たる海軍軍人としての評価だった。ドイツが仕掛けてきているのは、正規戦ではなく、影の戦いだ。
「儀堂少佐は諜報戦には、不向きではありませんか?」
六反田はぱちりと目をしばたたいた。
「何を言っておるんだ? 俺は彼にスパイさせる気はないぞ」
「ドイツと正面切って殴り合うと?」
「ある意味では、そうなのかもしれん。なあ矢澤君、今回の騒ぎで俺がもっとも疑問に感じたことは何だと思う?」
矢澤は考えてみたものの、見当がつかなかった。心当たりがありすぎて、絞り切れなかったのだ。
時間切れとなり、六反田は答え合わせを行った。
「カリブに
◇========◇
次回7月29日(月)に投稿予定
書籍化に向けて動きます。
まだ確定ではありませんので、
実現のために応援のほどお願いいたします。
(主に作者と作品の寿命が延びます)
詳細につきましては、作者のTwitter(弐進座)
もしくは、活動報告(2021年6月23日)を
ご参照いただけますと幸いです。
ここまで読んでいただき、有り難うございます。
引き続き、よろしくお願いいたします。
弐進座
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