新たな戦影(The shadow of war)1

【パナマ】

 1946年2月20日


 魔獣の襲撃から三日後、パナマ会議は再開された。


 結論から言えば、六反田の思惑通りに事が進んだ。連合国は北米での停戦に同意し、しばらくの間は戦力の回復に努めることになった。期限は決められていない。そのようなものを論じても、現時点では無意味だった。


 六反田にとって、想定外だったのは合衆国が停戦に応じた動機だ。


 彼らはパナマと南米に戦力を割かなければいけなくなった。



 きっかけは、ある大会議室で行われた動議だった。


 この会議では対BM戦争の基本方針が話し合われ、共同声明が出されるはずだった。そのため、各国の全権委任特使が集っている。まさに世界の意思決定が行われようとしていた。


 先ほど、北米での無期停戦が賛成多数で可決し、決議された。


 目の下に大きなクマを作った石射は、大きく一息を吐いた。しばらくの間だが、我が国の兵士が北米で血を流さずに済む。


 議長が次の議題を持ち出そうとしたときだった。


 アルゼンチンの代表が、発言の機会を求めた。


「議長、ひとつ提案を申し入れたい」


 南米には珍しい、鷲鼻で堀の深い顔立ちの持ち主だった。


「我々は等しく痛ましい犠牲を出してしまった。まずは、未来を失った者たちへ哀悼の意を示したい」


 議長は少し戸惑った表情を見せた。


「弔いの祈りならば、会議を始める前に行ったはずだが?」


 議長の言う通りだった。本会議が始まる前に、カリブ海での戦死者に対して黙とうを捧げたばかりだった。


 アルゼンチンの代表は鷹揚に頷いた。


「もちろん、覚えている。私が望んでいるのは、祈りではない。死者に祈りを捧げたように、生者には報いを授けるべきだと思う」


「何がいいたいのかね?」


 苛立った様子で議長は尋ねたが、アルゼンチン代表は全く意に返した様子はなかった。


「このたびの戦いで、犠牲を顧みずに死地へ飛び込んだ者たちがいる。彼らは誰かに命じられたわけでもなく救い駆け付け、我々の同胞を凶悪な魔獣の牙から守ってくれた。私は、彼らに報いたいと思う」


 雄弁と表現するには、いささかヒロイズムが鼻につく演説だった。議場内で、温度差が広がっていくのが見てとれた。同調するものもいれば、早く終わらないかと腕時計に目をやるものもいる。


──まさか、<宵月>のことか。


 石射は訝しむように見ていた。いや、違うだろう。あの代表、通商交渉のときはえらく居丈高な態度で接してきた。どう考えても、我が国に対して好感情をもっているとは思えない。米英に対しても、同様だ。そもそも南米各国の大半はアングロサクソンを嫌っている。


 冷ややかな視線を向ける日英米の代表団とは対称的に、アルゼンチンの代表は絶頂に達しようとしていた。


「ここに私は動議を発する! 我らが同胞キューバの守り手となったドイツを正式な加盟国として、パナマ条約機構へ迎え入れようではないか」


 会場内であらゆる歓声と罵声が響き割った。石射は唖然としていたが、おもむろに英米の代表団のブースへ目をやった。英国は無表情だった。対して合衆国はあからさまに不愉快な表情を浮かべていた。


「静粛に……! どうか静粛に!」


 議長が声を裏返らせ、ようやく場内が落ち着きを取り戻す。合衆国の代表が、すかさず立ち上がった。


「合衆国は正常な議事の進行を望む。議長においては、どうか賢明な判断を下されたい」


 合衆国に続き、英国も同様の主旨を述べた。ドイツは沈黙していた。石射は何も言わなかった。結果が見えていた。ならば、わざわざわ南米の反感を買う必要はないだろう。


 議長は額の脂汗をハンカチで拭った。石射は気の毒に思った。かわいそうに、ここで選択を誤れば来年あたり別の人物がパナマの政府代表になっているだろう。


「アルゼンチン代表、あなたの動議は採択できない」


 議長役のパナマ政府代表が室内の参加者へ告げ、続々と各国の代表が抗議に立ち上がった。途端に、議場内は紛糾し、罵声がいたるところで生じた。もはや会議どころではなくなった。


──ひどい有様だ。まるでサル山ではないか。


 石射は嘆息すると呟いた。


「会議は踊らず」


◇========◇

次回7月22日(木)に投稿予定

書籍化に向けて動きます。

まだ確定ではありませんので、

実現のために応援のほどお願いいたします。

(主に作者と作品の寿命が延びます)


詳細につきましては、作者のTwitter(弐進座)

もしくは、活動報告(2021年6月23日)を

ご参照いただけますと幸いです。


ここまで読んでいただき、有り難うございます。

引き続き、よろしくお願いいたします。

弐進座

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