夜を駆ける戦い(The longest night) 16
初めは何が起きたのか自覚できなかった。右目の奥がぼうっと温かくなったかと思えば、針を刺したような痛みが両目の奥を突き抜けた。
叫びそうなところをぎりぎりでこらえながら、儀堂は脂汗をぬぐった。痛みは一瞬だったが、熱病のように意識が朦朧としている。倒れかけた身体を杖で支え、頭を振りながら耐えきった。
『まだ気を保っているとは、お主もほどほど難儀な男じゃな』
ネシスの呆れ声が、脳内に響き渡る。おかしな感覚だった。無線機の耳当て越しではなく、頭に直接拡声器を押し付けられたみたいだった。
「少し声を抑えろ。脳みそを揺さぶられている」
吐息が直接鼓膜を震わし、くすりと嗤うのがわかった。顔が間近に、いやほとんど重なっている感覚だった。
『すまぬが、少し不自由をかけるぞ』
「お前、何を──」
ネシスが囁くと、再び激痛が息を吹き返した。頭蓋骨の付け根から、脊髄伝いに痺れていき、身体が小刻みに震える。堪えるために奥歯に力を入れると、みしりと音がした。
『しばらくの間、おぬしとつながる』
しびれが身体の隅々まで行き渡り、血の気が引いていくのがわかった。同時に意識が混濁していく。
『ギドー、シロが見える位置まで行くのじゃ。さすれば、あとは妾が良きにはからおう』
ネシスの声が、遠くからハウリングしてくる。
「司令……」
興津が手を貸そうとしたが、その前に儀堂は動き出していた。前後不覚になりながらも、艦橋の窓へ向けて歩み寄り、そこで救いを求めるシロを視界に収めた。
儀堂は大きく息を吐くと、命じた。
「ネシス、やれ……!」
『任せよ』
囁き声が終わると同時に、<宵月>の全砲塔が咆哮した。
放たれた徹甲弾は、シロを拘束するツタの一部を薙ぎ払い、翼の一部を解放した。二射目がすかさず首の直下を貫通し、ツタの束を切断する。
シロは機会を逃さなかった。体内に残った可燃液を充填し、火炎に変えて吐き出すと、すぐに飛翔へ移った。
屍竜は砲花を咲かせたが、それらは<宵月>から放たれた榴弾の雨によって容赦なく摘み取られていった。
シロが完全に魔獣の射界から脱したのを確認すると、いよいよ<
『ギドーよ』
唐突にネシスに呼ばれる。
『なんだ……』
叫びそうなところを堪え、儀堂は脂汗を拭った。
身体が燃えるように熱く、眼球が破裂しそうだった。網膜に焼き付いた魔獣の塊が極彩色に染まり、幾何学的な記号が規則的な軌道を描ている。
真っ青な水面の上に張り出した魔獣の背中が黄色と緑、赤に彩られている。赤い色はちらちらと明滅し、不定形に変化していた。それらはシロの火炎と榴弾によって燃え盛る炎を意味していた。
恐らく、これはネシスが見ているものだろう。
幾何学的な模様は、<宵月>の兵装の照準と同期しており、攻撃のたびに変化していった。
なるほど、あいつは<宵月>そのものだ。艦と一体化し、自身の身体のごとく動かしている。
悶えながらも、なんと羨ましいことかと思う。
『まだ耐えられるか?』
「それを聞く意味があるのか?」
かかと哄笑が鳴り響いた。
「五月蠅いぞ……」
ネシスがうなずくのがわかった。
あいつめ、声を押さえろと言っただろうに。わざとか畜生め。
『やはり、おぬしと契ってよかったぞ』
「左様かい。俺が正気を保っているうちに早く終わらせろ』
『狂うてもらっては困るのう。よかろう。いい加減、妾も興がさめてきた。今宵の地獄も仕舞おうか』
「ネシス……噴進砲を使え」
すぐに返事はなかった。
『……言っておくが、あれの操作は難儀じゃ。耐えろよ』
幾何学の模様が踊り狂い、意味不明な数値の奔流が脳内を圧迫していく。
情報の洪水が思考を圧迫し、ついに何も見えなくなった。
平衡感覚がなくなり、崩れ落ちそうなところで、船体が揺れる。
<宵月>の中央部から、特大の火矢が放たれた。
虚無の時間は一瞬に過ぎ去り、運河の中央に鮮やかな橙色の花が咲いた。ナパームによって構成された灼熱の紅蓮花だった。炎の花は運河周辺を照らし出し、その光景は末世の感があった。
永遠とも思える時間が過ぎ去った後、視力を回復した儀堂の前に、ただの燃え
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次回6月14日(月)に投稿予定
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弐進座
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