夜を駆ける戦い(The longest night) 13
着弾からの容赦のない爆裂音は戦闘指揮所まで響いてきた。相対距離で僅か三千メートルしか離れていなかったのだから、無理もなかった。過剰な音の暴力に耐えれず、鼓膜が悲鳴を上げていた。
『命中、認む』
耳鳴りをかき分けて、儀堂の鼓膜に艦内各所からの報告が伝達されていく。
『敵獣、沈黙』
見張り員からの報告に指揮所内が、やや沸き立った。儀堂の精神も同調しかけたが、ネシスによって引き戻された。
『ギドー、
叱りつけるようなネシスの一声から、すぐに意味を悟った。
「後進一杯」
儀堂の命令が実行される前に、<宵月>に異変が起きた。
軋んだ鉄の音が響き、それから間もなく船体前部から大きく蛇行するように揺らされた。かろうじて、すぐそばの艦長席につかまり姿勢を維持する。
まるで巨人に揺さぶられているかのようだった。
『前部甲板に異常あり。拘束されています』
見張り員が悲鳴に近い、報告を上げてきた。
「探照灯、前部を照らせ。何が見える?」
『ギドー、
何の前触れもなく、ネシスが宣言すると<宵月>を中心に方陣が展開された。
「待て! 退避命令を出す──」
艦内に離水を告げるブザーが鳴り渡り、<宵月>の船体が宙に浮きあがる。甲板に出ていた兵士たちが押っ取り刀で艦内に駆け込んだ。
『ネシス、説明しろ』
やや怒気をはらんだ声で儀堂は言った。あやうく貴重な兵士を失うところだった。
『すまぬ。恐らく、あれの狙いは妾じゃ』
ネシスはやや余裕を欠いていた。やはり本調子ではないらしいが、さすがにおかしいと儀堂は思った。回復に時間がかかりすぎている。低酸素症は回復に時間を要するが、それは人間の場合だ。ネシスのような桁違いの生命力を持つ月鬼ならばもっと早く回復してもいいはずだろう。それとも、キールケはまだ何かを仕掛けていたのだろうか。
儀堂が思案する間も、<宵月>の船体はさらに上昇していった。しかし、数十メートルも上がらないうちに、がくんと引っ張られるように停止してしまった。突然のことで儀堂は杖を手から落とし、強かに倒れてしまった。
「司令……!」
衝撃を耐え凌いだ興津が儀堂の肩を取った。
「すまない」
「いいえ。しかし、一体何が──」
興津に応えるようにネシスが急を告げてきた。
『ギドー、すまぬ。捕まった……』
「なに?」
艦橋の見張り員が血相をかけて、指揮所へ駆けつけてきた。持ち場を離れるとはよほどのことがあった違いなかった。まず、間違いなく禄でもないことだ。
「艦長、大変です」
見張り員の兵士は動転して、儀堂の役職を間違えていた。儀堂は気にすることなく、続けさせた。
「<宵月>が掴まれしました。まるでタコの足のようなツタに絡まれて──」
「俺を連れていけ」
見張り員の手を借り、儀堂は艦橋に上った。前部甲板を見渡せば、ヒビが入ったように砲塔も含めて全体的に黒い不定形な線が入っていた。線はヒドラのようにうねり、砲塔や艦外の装備へ絡みつき締め上げていた。
ようやく儀堂は状況を正確につかんだ。ネシスの言った通り、<宵月>は捕まったのだ。湖から伸びた無数のツタによって、鋼鉄の月は引きずり降ろされようとしていた。
『……ぅッ。くぅ』
耳当て越しにネシスのうめき声が聞こえる。必死にツタから抗って飛び上がろうとしているのだ。しかし、思うようにいかないようだった。明らかに、いつもと違い様子がおかしかった。
「ネシス、どうした? お前に身に何が起きている」
『妾としたことが──口惜しやっ……!』
叫びに近い怒声をネシスは上げると、ひときわ方陣が紅く輝いた。しかし、それも一瞬のうちだった。切れた電球のように光が徐々に失われ、それとともに<宵月>の高度は下がり、再びガトゥン湖に着水してしまった。
楕円上に水しぶきが広がり、岸を大波がさらう。
着水した<宵月>から波が途絶えることはなかった。六千トン近い船体が軋み声を上げながら、運河の中へ引きずり込まれていく。決して自力航走しているわけではない。
<宵月>をツタでからめとったのは噴進砲で吹き飛ばしたはずの屍竜だった。水底からツタを伸ばし、自身の元へ手繰り寄せようとしていた。
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次回6月3日(木)に投稿予定
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弐進座
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