夜を駆ける戦い(The longest night) 11
新たに現れた敵獣までの距離は四乃至五キロほどと推定された。
「敵獣から目を離すな。ここは寄席じゃないんだよ」
見張員の大半が呆然とする中で、儀堂は双眼鏡の倍率を最大まで調整した。木偶の坊のように突っ立っていられるわけがない。
「ネシス、これまで見たことのない魔獣だ。月獣に似ているが、あれよりは二回りは小さい」
『それだけかや? 他に目ぼしいものは?』
「少し待て」
双眼鏡の先で暗闇の占める割合が高くなっていく。燃料集積所の火勢が弱まっているのだ。あらかたのガソリンが瞬間的に吹き飛ばされたらしい。
儀堂は喉頭式マイクのスイッチを切り替え、高射装置と砲塔に繋いだ。
「一番、二番、照明弾を装填。地上側、敵獣の直上に落とせ」
前甲板の砲塔二基が旋回し、仰角をとるや、すぐに発射された。高射装置の兵士は気の利く奴らしい。事前に距離と方位を測定していたに違いない。さもなければ、こんなすぐには対応にできない。
まばゆい光の玉がガトゥン湖岸の上空に舞った。その直下で蠢く巨大な影が露わになっていく。
『ギドー、何が見える』
回答まで時間がかかった。見えなかったわけではない。それどころか、照明弾のおかげで昼のように照らされている。筆舌しがたい形状だったため、儀堂は適切な語彙を思い浮かべることができなかった。
数秒ほど考えたのち、見たままを伝えることにした。
「地を這う四足の首長竜だ。<宵月>より少し上回るほどの全長で、頭と尾は一つ。ただ、背中に複数の──」
ええい、あれを何といえば良いのだ。
『なんじゃ? 棘が生えているのか、それとも甲羅かや』
「いや、違う。棘に似てはいるが。あれは、そう、花だ。ユリの花に似た突起が五、六本生えている」
先端がラッパ状の角など、地球上では考えられなかった。しかも、それを複数背負っている。
「いったい、なんのために──」
首をかしげる儀堂に応えるように、ラッパ状の角が動き出した。茎の部分が赤白く光った直後、花弁から火炎が噴き出す。立て続けに五本の花が噴火し、先端から紅蓮の塊が<宵月>へ向けて放たれた。
会敵時よりも相対距離は縮まり、三キロも離れていない。至近と呼んで差し支えなかった。
瞬時に判断した。回避は、間に合わない。
「面舵一杯。衝撃に備え──」
言い終える前に、その衝撃が到達した。
<宵月>の両舷に五本の水柱が立った。
「舵中央、戻せ。敵獣へ集中射。射界にはいった砲から叩き込ませろ」
すかさず反撃を命じる。向こうから一発食らう前に倒してしまえば、こっちのものだ。もちろん、これは希望的な観測だ。あの獣はガトゥン湖に来るまでに、合衆国軍の防衛線を潜り抜けてきている。その中には、機甲部隊も含まれているはずだ。戦車砲で始末できなかった相手に<宵月>の砲が通じるとは思えなかった。
だが、やられっぱなしは全く我慢ならなかった。これがまごうことなき砲撃戦ならば、なおさら一方的な展開は許すことはできない。
原理はわからないが、あの獣は砲撃能力を備えている。
獣が砲戦だと?
莫迦にしやがって。俺が何に乗っているのかわかっているのか。
「取り舵」
陸の敵獣と距離をとりつつ、<宵月>の砲が指向できるように船体の向きを変える。
まもなく儀堂の怒りを体現するように、<宵月>の砲門が火を噴いた。
このとき、最初に敵獣を指向したのは後部甲板の第三と第四砲塔だった。射撃管制された両砲塔は、猛然と徹甲弾と榴弾を満遍なく敵獣に叩きつけた。やがて、第一と第二砲塔も敵獣を射界に収め、矢継ぎ早に曳光弾が放たれていった。
仰角は取らず、ほぼ水平射で曳光弾が放たれ、頭部から胴体にかけて満遍なく吸い込まれていくのが見えた。命中弾は多くはなかった。概算だが、三から四分の一くらいだろう。
夜間射撃にしては上出来だと儀堂は思った。敵獣の胴体から炎が弾けるのが見える。おそらく榴弾の戦果だ。
再び照明弾が上がり、敵獣の巨躯を露わにする。
儀堂は双眼鏡で戦果を確認し、苦虫を潰す面持ちでマイクのスイッチを入れた。
「ネシス、お前の世界では死後に安息は許されないのだな」
声音に嫌悪感がにじみ出ていた。
違和感があったのだ。
これまであらゆる魔獣と戦い抜いてきたが、そこで奏でられるはずの音色が聞こえなかった。
あの魔獣、ただの一度も吼えなかったではないか。
『ああ、ギドーよ。お主は優しい男だな』
鬼の姫の声は、いまだに弱弱しかったが、どこか喜んでいるように聞こえた。
『お主の怒りから、獣の本性をえたぞ』
「そうか。それはよかった」
結論を述べれば、<宵月>の攻撃は一切無効であった。
命中弾は弾かれることなく、敵獣の胴体あらゆる個所にめり込み炸裂した。しかしながら、敵獣の足を止めることはなかった。
肉片は飛び散り、黒い液体が各所からあふれ出す。骨すら見えたところまであった。それでも歩みは止まらず、黙々と敵獣は突き進んだ。
生き物ならば致命傷どころではない。痛みに悶え、動くことすらままならなかっただろう。
しかしながら、かの魔獣には無縁の所業だった。
なぜなら、すでに死んでいたのだから。
「なにごとにも限度があるだろう」
<宵月>を湖岸から引き離しながら、儀堂は呟いた。
確かに、グールは見たことがある。なんなら自分の手で始末したこともある。|
「さながら
パナマに現れた新型魔獣は、アンデッドのドラゴンだった。その胴体には不気味な花を咲かせ、四方に死の種をばらまきながら、侵攻してきたのだ。
いかに合衆国軍の分厚い防衛線があろうと、<宵月>の火砲が強烈だったとしても、かなうはずがなかった。
あくまでも、それらは生物への対抗手段であり、生命の概念を超越したものは埒外だった。
「ネシス、お前ならあいつは始末できるか」
探るように儀堂は効いた。
『できようが、少し骨が折れるぞ。まずは時間を稼げ。妾は未だに目覚め半ばじゃ。キールケめ、念入りに妾を虫の息にしおったぞ』
かすれた声で、鬼が嗤った。
「わかった。待っているぞ」
屍竜は湖岸へ至り、ガトゥン湖へ入水した。
ゆらりゆらりと長い首を揺らしながら、<宵月>へ向かってくる。背中に生えた砲花が次々と風見鶏のようにくるりと回り、閉じていた花弁がぎりぎりと開いていく。
屍竜の砲花と<宵月>の砲塔が一斉に火を噴き、ガトゥン湖上での水上打撃戦が始まった。
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次回5月27日(木)に投稿予定
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弐進座
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