夜を駆ける戦い(The longest night) 9


「敵獣が二つの集団に分かれています」


 戦況表示盤の動きを見ながら、興津は言った。


 <宵月>の電探が捉えた反応は二十ほどだった。いずれも、コロンから南下し、ガトゥン湖上の空を通過するルートをとっていた。パナマへ向かう反応もあったが、それらはごく一部だった。大半は、<宵月>へ磁石のように引きつけられていた。会敵まで、あと十分ほどだ。


「欲張りな奴らだな」


 儀堂は目を細めて言った。


「<宵月>のみならず、パナマも連中の目標か」


「やはり、明確な意志があるように見えます。動きが魔獣のそれではありません。統制が取れすぎています。それにパナマ会議の最中の奇襲とは、偶然にしては出来すぎでは?」


 興津はBMとラクサリアンの存在を危惧していた。BMが近くにいるのならば、魔獣を統制可能だ。


「副長、もう一つ忘れていないかい」


 儀堂は、平坦な口調で言った。視線は戦況表示盤に据えられたままだ。


「それは──」


 興津は思いつきかけたところで、儀堂は答え合わせをした。


「先ほどの騒動だ。<宵月>が海から離れたとことで、キールケの工作が行われた。おかげで、俺たちはパナマ運河に袋小路だ」


 儀堂は喉頭式マイクに手を当てた。


「<宵月>をガトゥン湖西方へ回せ。なるべく運河と街から遠ざかりたい」


 民間船舶をワイバーンとの対空戦に巻き込まないためだった。


 敵獣の集団は三つの編隊スコードロンに分かれた。合計で十五体のワイバーンが三方向から<宵月>に迫りつつあった。魔導機関作動中の<宵月>ならば、ものの十分で処理できる状況だった。


 しかし、今の<宵月>は、ただの駆逐艦にすぎなかった。ワイバーンが<宵月>の事情を理解していたわけではないだろう。しかし攻撃彼ら側にとって、まぎれもなく今こそが絶好の機会だった。


 初めに接触したのは、六頭の群れだった。指揮個体を筆頭に、右舷上空から並列して<宵月>に突っ込んできた。


 ワイバーンから<宵月>の動きは緩慢に見えていた。しかし、それは彼らの速度が相対的に圧倒して速いからだ。毎時三百キロ近い速度で飛ぶ彼らからすれば、大半の目標は遅く見えるだろう。


 <宵月>まで距離は十万メートル、高度は一千ほどだった。


 指揮個体は雄たけびを上げると、さらに増速した。彼らが口から火球を放つ頃には、四百近い速度が出ているだろう。仲間を鼓舞するように、さらに咆哮したとき、指揮個体の周辺で紅蓮の炎が炸裂した。


 十センチ砲弾は最初の群れの先頭二体に対して集中射された。それらは<宵月>の高射装置によって指揮統制された結果だった。


 <宵月>は、昨年の改装で高射装置の増設と改修を終わらせていた。それぞれ船体の前部、中央部、後部に合計三基装備されている。高射装置は飛行目標を捕捉し、移動予測と射撃指示を行う装備だ。各自に歯車式アナログの演算機を備え、電探の諸元から射撃目標の予測位置と高度を割り出していた。


 このとき、動作していたの前部と後部の二基の高射装置だった。中央部は予備扱いとして、人員は詰めていない。


 各高射装置の操作員は己に割り当てられた砲塔に対して射撃指示を行った。それぞれ口頭ではなく、操作盤にあるダイヤルを回し、方位と高度を伝達する。高射装置の指示に従い、砲塔が回転し、砲身の仰角調整が行われる。並行して、弾頭が自動装填される。


 断続的な爆発音とともに、<宵月>の砲撃は完了する。


 二基の高射装置に導かれ、第一と第二砲塔は指揮個体を、第三と第四砲塔は続く個体に目がけてVT信管付きの四式砲弾を叩き込んだ。


 指揮個体を捉えたのは二発の砲弾だった。いずれも第二砲塔から放たれたもので、砲弾内のVT信管が作動、炸裂して、損傷を与えた。片方は左翼手前で破裂し、翼の被膜に穴をあける。しかし、多少の穴が開いたところで飛行に支障はなかった。致命傷は二発目の砲弾だった。それは頭部の手前で炸裂し、両目を破片で叩き潰した。


 奇怪な叫び声を上げながら、指揮個体は錐もみ状態で墜落していった。第三、第四砲塔に捕捉された個体も同様の運命を辿る。


 先頭を行く二体が視界から消え、ワイバーンの編隊は一時的に乱れた。残り三体の彼らは墜落する指揮個体の軌道につられるように高度を落とし、さらに急角度で<宵月>へ突っ込むことになった。


 航空機には真似できない機動だった。同様の大きさの攻撃機<彗星>は急降下爆撃能力があったが、追随は不可能だろう。脆いとはいえ、やはり魔獣はあなどるべきではない生物だった。


 <宵月>の砲塔群は仰角一杯にして、全力で迎撃を行う。かろうじて一体を血祭りにあげることができたが、残り二体の突破を許した。


 図らずとも直上から急降下態勢に入ったワイバーンたちは、高度三百という超至近距離で火球を放った。


 <宵月>は大きく左に進行方向を反らした。儀堂の命令で、彼女は間一髪で回避行動に入ろうとしていた。


 それでも完全に読み切っていたわけではない。不定期にジグザグに蛇行させることで、攪乱する戦法だった。このときはやや遅きに失した。


 ワイバーンの放った二発の火球は至近弾となって、<宵月>の右舷船首付近の湖面へ叩きつけられた。水柱とともに火球の熱で蒸発した水蒸気が、細長い船体を包んだ。


 白い霧の中から鋭角的な船体が姿を現す。


 鋼鉄の月は尚も健在だった。


 仕留めそこなったことを悟り、ワイバーンは不愉快な鳴き声を上げた。降下から上昇へ転じようと、<宵月>の上空をフライパスしようとしたが、代償が必要となった。


 突然、視界がホワイトアウトし、方向感覚を失う。<宵月>の探照灯が作動し、そのうちの一つが直撃したのだ。光の暴力で一時的に失明したワイバーンは羽ばたきを乱し、速度を大幅に減じた。


 次の瞬間、数十基の二十五ミリ機銃が火を噴き、数百発の弾丸が鱗を突き破って体内へ侵入した。


 機銃の槍衾に突っ込んだワイバーンは、<宵月>の遥か後方へ墜落した。周辺海域が赤黒く染色されていく。湖の富栄養化が促進された。


 最後の一頭は、運悪く流れ弾を食らい、腹部から流血しながら、離脱していった。動いてはいるが、撃破と判定してよいだろう。


 魔導機関ネシスなしとはいえ、<宵月>は紛れもない艦艇だった。搭載された兵装は最新式で、それを操作する兵士たちは間違いなく屈指の練度だった。


 <宵月>は回避行動をとりながら、さらに八体のワイバーンをガトゥン湖に叩き込んだ。数十分後、彼女の手の届く範囲にワイバーンは残っていなかった。



◇========◇

次回5月20日(木)に投稿予定

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弐進座

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