夜を駆ける戦い(The longest night) 6
【ガトゥン湖 <宵月>】
突然のことだった。
<宵月>を中心とした方陣が明滅すると、急速に船体が降下し始めた。
「ネシス」
儀堂の呼びかけに反応はなかった。すぐにスイッチを切り替えて、艦内の
「衝撃に備えろ」
怒鳴るように早口で命令を下す。
再び、魔導機関室に繋ぐも、そこでようやく何が起こったか気が付いた。
そもそも回線が切れているのだ。物理的に切断されたのか、あるいは何らかの理由で応答できないのかもわからない。
方陣の明滅に合わせて、降下と停止を繰り返しながら、<宵月>はガトゥン湖に着水した。船体を中心に瀑布のような水柱が沸き立った。
艦内は激しく揺動し、中にいた者たちは強かに壁や床へ叩きつけられた。中には天井と床の間を往復したものもいた。
うめき声とともに、儀堂は立ち上がると周囲を見渡した。赤色灯に照らされた室内は、散々な有様だった。戦況表示盤から駒が転がり落ち、床に散乱している。負傷者も出ていた。その中の一人に声をかける。
「副長、しっかりしろ」
興津は、よろよろと立ち上がった。額から幾筋も液体が流れていた。どこかで斬ったらしい。
「自分は大丈夫です」
「そうは見えんな」
「いえ、見た目ほどではありません」
かすれた声で興津は答えると、手ぬぐいを頭に巻いた。意外な一面を見たような気がした。もっと神経質な男だと思っていたが、やはり海軍軍人に変わりはなかった。
「わかった。無理はするな」
「はい」
興津は、しっかりした声で答えると自分がなすべきことを始めた。室内で無事そうな兵士を選び出し、半分は原状復帰、もう半分を負傷者の搬送に回した。幸いなことに、重傷者はいない。骨折したものはいたが、艦内の装備で治療できるだろう。
「駄目です。電路が死んでいます」
興津は艦内電話を手にしていた。各部署の損害報告を集約しようとしたが、すぐには無理のようだ。
「君の方もか」
儀堂は喉頭式マイクのスイッチをいじっていた。耳当てから砂をこすり合わせたような雑音しか聞こえない。
「伝令を出せ。まず通信室と魔導機関、それと機関室、あと電探だ。それから防空指揮所の見張り員と連絡をとってくれ。周辺の状況を把握しろ」
「了解」
興津は各部署へ部下を放つと、艦橋最上部の防空指揮所へ向かった。その後、数分経たずして興津は戻ってきた。
「司令、ガトゥン湖に着水したようです」
パナマ地峡で<宵月>ほどの船が航行できる場所は二つしかない。ガトゥン湖とマッデン湖だ。運河が西方に見えたため、ガトゥン湖だろう。
「何が起きたのでしょうか」
興津の問いに、儀堂はすぐには答えなかった。
儀堂は杖を手にした。
「副長、すぐに戻る。君はここにいてくれ。それから通信が回復したら、<大隅>の六反田閣下に状況を報告しろ」
「どこに行かれるのですか」
「魔導機関室だ」
ネシスだ。きっとアイツに何かがあったのだ。興津は一呼吸置くと、儀堂の針路を塞いだ。
「お言葉ですが、せめて伝令が戻ってくるのを待ったほうがよろしいかと」
「わかっているよ。でも、そこどいてくれ。嫌な予感が──」
魔導機関室から伝令が戻ってきたのは、そのときだった。しかし、最初に派遣した兵士と違う顔だ。
「貴様は誰だ?」
怪訝な顔の興津に対して、兵士は血相を変えて叫んだ。
「死体です」
「だから、なんだ」
これだけの衝撃が起きたのだ。死人の一人や二人は覚悟している。
「ち、違うんです。誰かに殺されたんです」
「どこで、誰がやられた?」
儀堂が前に進み出ると、兵士はおびえた目で言った。
「あの、ドイツ人の科学者と月鬼が──」
「興津中尉、想定三号だ。あとは頼む」
儀堂は興津を押しのけると、指揮所から足早に出ていった。
◇========◇
次回5月10日(月)に投稿予定
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弐進座
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