カリビアン・ロンド(Round dance) 28
六反田がひとしきり大見得を切った後、小規模な混乱が生じた。サマヴィル大将は、その場を収めると、30分ほど休憩を挟むと伝えた。
ハインラインは会議室の外に出た。
生ぬるくも清浄な空気を呼吸器官に行き渡らせる。先ほどまでいた室内は、備え付けの
廊下伝いに中庭に出ると、そこには渦中の人物がいた。
小太りの日本人が煙草をふかしていた。先ほどの会議でも灰皿にうず高い吸い殻の山を築いていたが、よほどのヘビースモーカ―のようだ。
「アドミラル・六反田」
ハインラインの姿を認めると、六反田は口角を上げた。どうやら、悪い印象は抱いていないらしい。
「やあ、
「ほんのわずかですが──」
ハインラインは日本語に切り替えた。
「先ほどのステージは、どこまで
「その質問が出てくるということは、おおよそ見当はついているのではないかね」
六反田は暗に肯定していた。
「少なくとも英国側に動揺は見られませんでした」
「
「我々はさしずめ
六反田と対称的な表情をハインラインは浮かべていた。しかしながら、六反田は特に悪びれもしなかった。
「そいつは違うね。貴国は主役だ。それは、北米のみならず世界的にも変わらないだろう」
「ならば、なぜ、その主役が蚊帳の外に置かれているのでしょうか。少なくとも我々の手に台本は届いていないようです」
「脚本家が多いのさ。我が国のみならず、英国、そして合衆国が好き勝手に絵を描こうとしている。最近じゃ、
六反田は数日前の会談を思い返していた。
【パナマ港 客船クィーン・エリザベス】
1946年2月8日 午後
二日連続で六反田たちは、クィーン・エリザベスのラッタルを上ることになった。
前日アルフレッド・ローンとの商談をご破算にした直後、下船間際に六反田は一通の封筒を渡された。英国政府の押印が押されていた。中身は政府高官との正式な会談の申し込みで、歴とした公文書だった。彼はすぐに矢澤中佐を使者にして、承諾の旨を伝えた。
前日と異なり、六反田たちが通されたのは、極めてフォーマルな会議室だった。飾り気はないが、調度品は一級品のアンティークで、客人を迎えるのにほどよく見栄えのする部屋だった。
おおよそ、六反田の読み通りだった。
その証拠に、もっぱらパナマに来てから防暑服だったのだが、今日に限って全く珍しいことに第二種軍装、真っ白な詰襟を身に着けていた。彼についてきた矢澤も同様だ。本郷やネシス、ユナモは連れてきていない。その必要はなかった。前日に、同行させた時点で彼らの役目は終えている。
「連日、お招きいただき誠に光栄です」
六反田の目前には二人の英国人が座っていた。片方はアルフレッド・ローン、もう片方は彼の上官、スチュワート・メンジーズ少将だった。
「こちらこそ、たびたびのご足労感謝します」
メンジーズは表情筋と言うものを一切失ったように見えた。もしくは顔面の神経のスイッチをオフ状態にしているかのようだった。訓練されたものなのか、あるいは生まれついたものなのかはわからないが、六反田とは対称的に腹の底の見えない人物だった。
「どうやら、私は試験に合格したと見てよいのでしょうか」
六反田は茶化すように言った。
「私見だが、
「意見が一致して実に結構。さて
「承知しています。それでも、なお我々はここにいる」
「さしあたって、私を、いや我が国が舞台に上がりたくなる算段がついたのでしょうか。良ければ、お聞かせ願いたい」
メンジーズは返事をする代わりに、傍らの部下に指示を出した。
アルフレッドは大判の書類ケースを取り出すと、テーブルの上に置いた。六反田は、相手の同意を得たうえでケースを広げた。
「実は、バルカン経由で送られた情報は反応弾頭だけではないのです」
ケースにはいくつかのモノクロ写真が収められていた。数ページめくるうちに、六反田の手が止まった。
「ほう……」
角の生えた少女の写真だ。
ネシスでもなければ、ユナモでもなかった。
◇========◇
次回3月28日(日)に投稿予定
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弐進座
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