カリビアン・ロンド(Round dance) 27

 主だった同席者たちの形相は混沌として、一言で要約するのは困難だった。


 針のようにささくれ立ち、鉛のように重たければ、マグマのように煮え立っていた。まさに十人十色の様相を呈していたが、誰一人として、小太りの日本人に反論できない点では一致していた。


 事前調整の会議とはいえ、おぼろげながら誰もが気が付いていたのだ。


 このままでは勝てない。


 対BM戦の攻勢のため、三か国がテーブルに供出ベットした戦力掛け金は合わせて10万足らずだった。それだけで、向こう2年を戦い抜かなければならなかった。


 各国の保有戦力は兵員数だけでも百万単位で存在していたが、それは帳簿上の数字に過ぎなかった。日英米ともに抱えている戦線が多すぎるのだ。英国は守るべき膨大な植民地を抱え、合衆国は言うまでもない。


 日本を例に挙げれば、日本列島近海から中部太平洋、そして東シナ海、南シナ海から東南アジアまでが担当戦域となっている。このほかにもインド洋から東地中海へ船団を送り出している。それらには当然のことながら、護衛戦力が付随していた。同様に横須賀-シアトル間の船団護衛にも当たらなければならない。


 合計で三百万近い官民を動員し、極東の島国は兵站を維持していた。


 兵站とは前線へ物資を運ぶだけではない。その物資を生産する後方の内地へ資源を届ける必要もあった。陸海空あらゆる経路を使い、人と物を円滑に巡らせることで成立する。いわば血液循環のようなものだ。止まった瞬間に壊死して終わる。


 この4年、日本は英米の支援を受けて飛躍的に工業生産の能力を上げたが、打ち出の小槌をもらったわけではない。海を越えて資源を運ばなければ全く意味をなさなかった。材料がなければ、工場の機械も置物になってしまう。現に数年前に魔獣による船団の被害が激増した際は、内地は窮乏に陥り、危うく餓死者が出るところだった。


 現状かろうじて日本は兵站を維持できているが、長期間にわたる戦争で社会構造に歪が出てきている。成人男性が圧倒的に不足していた。そのため。ここ数年で学徒や婦女子が工場労働に動員されている。やがては、女の兵士まで登場するだろう。武器は無くしても作ればよい。しかし人間の生産・・は容易くなかった。魔獣のエサや屍鬼グールになった兵士の補充に、どれほど時間がかかるだろうか。十年では効かない。


 そして、英国も合衆国も規模は違えども内情は似たようなものだった。


 ゆえに、彼らは残酷な事実を突きつけれれていた。


 北米戦線は確実に崩壊する。


 今年は10万の兵士いけにえを確保できた。


 では、来年は?


 その次の年は?


 数年あるいは数十年先だろうが、人類は物理的にも生物的にも戦争を続けられなくなる。


 北米の崩壊は合衆国の滅亡を意味していた。それは一国の喪失に留まらない。膨大な資源と工業力を失うことを意味する。


 北米を放棄した場合、奪還は限りなく不可能になるだろう。


 地表は黒い月に覆われ、人類に待ち受けるのは緩やか死だ。


 合衆国は打開策として反応兵器を切り札にしようとしていた。六反田は当然の結論だろうと考えていた。だからこそ、彼は前段の調整会議でテーブルをひっくり返すことにしたのだ。


 首脳レベルの本会議で異を唱えても手遅れになる可能性が高かった。彼らはブレーンの官僚オフィサーが決めた細かい事柄に口を出したがらない。せいぜいチャーチルくらいだろう。


 逆を言えば。ブレーンが策定段階で致命的な過誤を犯した場合、その修正は限りなく不可能になってしまう。国家レベルの方針策定では、特にその傾向が強くなる。村役場の会議のように、黒板に書いて終わり、そのまま酒盛りが始まるわけではない。


 なぜならば方針と言えども、官僚は微に入り細を穿つような規定やら計画が立てたがるからだ。彼らは愚かではない。むしろ事業遂行の困難さを知り、事前に保険をかける(リスクを冒さない)ため、老婆心から線路を引こうとする。そこに国家間の利害まで絡んでくれば、最早並大抵のことで修正はできなくなる。


 六反田は対BM戦の線路が引かれる前に、集まった関係者の面前で路線の設計図を破り捨てたのだ。彼はその先にあるBMや月獣、ラクサリアンなどの障害を並べ立て、路線変更を会議にいる一同へ迫っていた。彼自身も官僚の端くれであるがゆえ、一度引かれた線路は二度と覆らないと骨身にしみて理解していた。


 今のところ、六反田のパフォーマンスは成功していた。しかしながら、彼はここで新たな義務を負った。破り捨てた路線図に代わるものを用意しなければならない。


 大半の参加者が口をつぐむなかで、勇気ある口火を切ったのはハインラインだった。


「アドミラル六反田、ならばあなたは合衆国は滅びてかまわないと?」


 訝しむようにハインラインは言った。


「まさか。私は第三の道を提案したい」


「それは?」


「ハインライン大佐、君は将棋というテーブルゲームを知っているかね?」


 何の脈略もない質問に、ハインラインは困惑した。


「聞きかじりですが、チェスのようなものと記憶しています」


「だいたいあっている。ただ、大きく違う点が一つある。将棋の場合、相手の駒を自分のものにできる。そして自由に盤上へ投入可能だ。俺は北米で、いや世界中でこれを再現すべきじゃないかと思っているんだ」


「何を言いたいのですか」


 やはりハインラインにわかりかねた。いや、気づいていたのだが突拍子すぎて内心では否定した。


「なあに、BMを全て手に入れようって言ってんだよ」


 六反田は悪童のような笑みを浮かべた。


 彼は全世界のBMから月鬼を奪取するつもりだった。この瞬間、この場にいる全員を自らの企みに巻き込んだのである。


◇========◇

次回3月24日(水)に投稿予定


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弐進座

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