カリビアン・ロンド(Round dance) 26
「角のある女が、そんなに珍しいか」
ネシスは愉し気に見渡した。彼女は明瞭な英語を発していた。
「
ハインラインの近くで、誰かが呟いた。彼自身は同意しかねた。あまりに、その悪魔は華奢だった。
「彼女こそが月鬼だ。皆さんは、これまで噂程度に聞き及んでいても実物を目にしたことはなかろう」
室内のあちらこちらで、小規模なざわめきが散発的に生み出されていた。進行役のサマヴィルが静粛になるよう呼び掛ける。そこでハインラインは気が付いた。英国側の反応が、ずいぶんと
「アドミラル・六反田。君の言う通りならば、彼女は世界の混沌、その元凶になるのではないか」
ネシスが何かを言いかけたが、六反田が機先を制して応えた。
「否定はいたしませんよ。しかしながら、いささか早計と私は断言しましょう」
「それでは、君が彼女をここに連れてきた理由を開陳してもらえないだろうか。我々の中にはひどく困惑している者もいる。つけ加えるのならば、連日の会議にいささか疲労を覚えているのだ。その点に関して、配慮をしてもらいたい」
サマヴィルは、牧師のような穏やかさで「早く済ませろ」と告げていた。六反田は悪びれた様子もなく、うなずいた。
「今より5年前、我々日本軍はハワイ近海でBMと交戦、これを撃破しました。彼女は、あのハワイ演習のときに現れたBMの中にいたのです」
合衆国の海軍士官たちが、少なからず顔をしかめた。いけしゃあしゃあとよく言うものだと思っているのだろう。日米ともに、あれが演習だったと考えている者はない。5年前、日本の艦隊は明らかに真珠湾への奇襲攻撃を意図していた。
ハインラインも他の士官と同様に複雑な心境だった。同時に奇妙な巡り合わせを感じていた。5年前に、彼はハワイにいた。太平洋艦隊所属の戦艦<ネバダ>に乗艦し、魔獣の洗礼を受けたのだった。
あれから5年もたっていた。いや、5年しかたっていないと考えるべきなのか。いずれにしろ、あのときよりも遥かに状況は複雑怪奇になった。
恐らく、これから目前で繰り広げられる事態は、より一層混迷を深めるものになるのではないか。そんな予感がしていた。
あの六反田という日本人が正しければ、月鬼の背後にはラクサリアンとかいう勢力が控えているらしい。あくまでも、あの角生えた少女は使い捨ての先兵にすぎなかったわけだ。
六反田はネシスを保護した経緯を簡潔に説明すると、一息ついた。
さて、お控えなさって口上の聞かせどころだ。
「以上のことから、我々は彼女の協力を元に<宵月>の魔導機関を始動させました。ここである事実を告げましょう。ネシス、君の同胞はどれほど残っているのかね」
ネシスは小首をかしげた。
「正確にはわからぬぞ」
「概算で構わない」
「ざっと百はくだらぬ」
数秒の間を置いて、会場内が騒がしくなった。大半の軍人が、今の会話の意味を正確に解釈していた。百人の月鬼がいるのならば、百個近いBMが現れる可能性があるのだ。
「もう一度お聞きします。今後、現れるであろう百以上のBMに対して、反応兵器を使用すると? それだけの反応兵器を用意できますか。よしんば用意できたとしましょう。百発、いや月獣が現れたら、もっと撃ち込む必要が出てくる。後に残るのは、汚染された瓦礫の焼け野原だ」
六反田は能面のような表情で、クラークたち合衆国軍に問い直した。
クラークは苦渋に満ちた声を絞り出した。
「百個現れるとは限らない」
「ジェネラル・クラーク、その言葉が詭弁だとわかっているはずだ」
「ならば、どうしろと言うのか」
クラークは激高した。六反田は眉一つ動かさなかった。
「いい加減、認めるべきなのです」
「何をだ」
「我々は何も知らんということだ」
六反田は立ち上がり、会場全体に自身の声を響かせた。
「あんたら合衆国軍だけではない。人類は誰一人として、あの黒い球の正体をつかめなかった。それがわかりはじめて一年にも満たない。ネシスの嬢ちゃんが目を覚まさなかったら? <宵月>がオアフBMに突入しなかったら? あるいはシカゴ月獣を撃退できなかったら? 我々は月鬼の正体もわからず、BMの構造も不明、そして月獣に蹂躙されていただろう。全てが後手に回っていた。今だって、対処法の域を出ていない。ただ出血した先から包帯を巻き、止血しているだけだ。斬りつけてくる奴を叩き潰さない限り、この地獄は永遠に続く」
六反田は改めて、マーク・クラークを見据えた。人を食ったような態度は鳴りを潜め、ただただ怜悧な戦争狂が現れていた。
「ジェネラル・クラーク、あなたはラクサリアンがネシスたち月鬼を送り込んだ理由がわかるか。あるいはBMがどういう原理で出現するのか。それがわからない限り、BMの出現を防ぐことなどできない。出てきた端から反応爆弾を使うとしても、残される土地は焼尽し、穢れきっている。仮に首尾よくBMと魔獣を始末で来たとして、残された人類は生き残りをかけて争う羽目になる。恐らく、第三次大戦はこん棒と石ころで戦うようになるでしょうな」
傲岸不遜の極致を体現し、六反田は着席した。
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次回3月21日(日)に投稿予定
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弐進座
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