カリビアン・ロンド(Round dance) 25

「どういう意味かね。アドミラル六反田」


 問いただしたのは議事進行のジェームズ・サマヴィル大将だった。彼は英国海軍から派遣されている。


 一昔前まで、サマヴィルは英海軍本部の代表団としてサンフランシスコに駐在していた。その際、合衆国海軍とのパイプ役を務めている。さらに、その前は東洋艦隊司令長官を務め、インド洋で日本海軍と共同戦線を構築している。つまり、両国と浅からぬ縁を持つ高官だった。つけ加えるのならば有能な人格者と見なされており、複雑怪奇な会議の進行役として適任だった。


 議長から発言の許可をもらうと、六反田は口を開いた。視線は合衆国軍へ向けられている。


「サー・サマヴィル、言葉通りの意味です。私は現時点において、BMに反応兵器を使用すべきではないと考えています」


 何者の異議を許さない態度で六反田は言った。


「理由をきかせてもらいたいね」


 不愉快さを露わに合衆国陸軍のマーク・クラーク中将が聞き返した。彼は合衆国陸軍の代表として臨席している。出世欲が強く、この戦争においては積極的な攻勢を支持している。特に反応爆弾の使用を熱心に推進していた。


「不確定要素が多すぎる。シカゴBMで何が起きたのか、忘れたわけではないでしょう?」


 シカゴでは反応爆弾を使用してもBMは殲滅できず、巨大な魔獣が生み出す結果となった。月獣と呼称される新たな魔獣は、孵化するようにBM内部を突き破って出てきた。その体長は百メートルを優に超え、通常兵器では歯が立たなかった。


 クラークは話にならないと首をふった。


「シカゴのムーンビーストならば殲滅されている」


 六反田は鼻白んだ。


 こいつ、自分が何を言っているのかわかっているのか。


「その通り。我々・・が始末しました。より正確には私の横にいる、彼と彼女がね」


 六反田は横にいる儀堂とネシスを指した。


 クラークがわずかに狼狽したのがわかった。


 ようやく六反田は察した。どうやら、彼は合衆国軍内で蚊帳の外に置かれていたらしい。儀堂とネシスが何者なのか知らされていなかったようだ。いや、ひょっとしたら俺のことすら、何者かわかっていなかったのかもしれない。かわいそうに。


「あなたも、我々が保有する魔導駆逐艦<宵月>のことはご存知でしょう。彼は、その艦長です。そして彼女は<宵月>の魔導機関を動かしている。たしかにシカゴの月獣は<宵月>によって、殲滅できた。ああ、もちろん、あなた方の反応兵器との合わせ技ですがね」


 クラークは居並ぶ合衆国の将校と顔を見合せた。儀堂はともかくネシスのような少女が<宵月>の魔導機関を担っていたとは、にわかに信じられないようだ。小声でしばらくやり取りした後で、態勢を立て直した。


「なるほど、それは失礼。しかしながら六反田、なおさらのこと私は理解できない。あなたたち自身が、反応兵器の有効性を身をもって体験しているはずだ。過程はどうあれ、結果的に君らは月獣を始末したのだから」


「そう、あくまでも結果論ですよ。次に同様の事態が起きた時に対処できるとは限らない。いや、はっきりと言ってしまえば、我々が協力できませんよ。ジェネラル・クラーク、あなたも反応兵器が永続的に及ぼす影響について知っているはずだ。高濃度の放射線を浴びることで、人体は不可逆的な後遺症が残る。大事な兵士に、そんな咎を背負わすことなど私はできませんな」


 クラークのみならず、その場にいた将校たちにある種の陰りが差した。合衆国軍だけでなく、日英の中にも同種の表情を浮かべる者がいた。戦争という過酷な現実の影に隠されていた暗部だ。反応兵器は使用後に高濃度の放射性物質を生み出す。その影響は遺伝子レベルで人体を破壊し、広大な範囲を死の土地に変える。


 誰もが押し黙ってしまった。六反田に反論することは反応兵器の暗部を表立って肯定することになる。


 時間にして一分にも満たなかったが、室内の空気は重くなるばかりだった。静寂を破ったのは、一人の合衆国軍士官だった。


「議長、発言の機会をいただきたい」


「どうぞ、ハインライン大佐」


 ハインラインは礼を言うと、六反田に向き直った。はじめに片言の日本語で「はじめまして」と告げる。


「アドミラル六反田。これは合衆国軍人ではなく、私個人の見解です。私は合衆国市民として、反応兵器の使用を望んではいません。我々の子孫に穢れた大地を残すことになるのですから」


 ハインラインの周辺、合衆国軍人の間で小さなざわめきが起こった。クラークはユダを見る目つきになっていた。


 六反田は正面からアングロサクソンの青年士官を見据えた。ハインラインは続けた。


「しかしながら、それでも私は反応兵器の使用に肯定的にならざるを得ない。理由は明確です。我々は奪われた国土を取り戻さなければならない。そして奪ったものたち、魔獣とBMが存在する限り、我々の国土は永久に蝕まれたままになってしまう。ようやく保持している西海岸すらいずれは危うくなってしまうでしょう」


 国籍を問わず、多くの列席者がうなずくのが分かった。誰もが沈痛な表情を浮かべている。ハインラインは北米に限らず、世界の状況を端的に要約していた。


 すなわち「生か死か」なのだ。


 魔獣やBMに停戦の概念はない。奴らは人類を平らげるまで侵食し続けてくるだろう。


「確かに、反応兵器の使用に関しては不確定要素が多いでしょう。シカゴのようなムーンビーストが現れるかもしれない。あなた方が協力しないのならば、それでもかまわないと考えます。それは日本軍の総意か定かではありませんが。我々はあらゆる手段を用いて、反応兵器をBMに対して使用するものと考えます。座して死を待つのは本意ではない」


 ハインラインの発言は終わり、小さな拍手が起こった。


 六反田は場が収まるのを静かに待ち、議長から発言の許しを得た。


「ハインライン大佐、率直な発言に感謝する。あなたの言うことはもっともだ」


 六反田は声量を大きくすると、室内をゆっくりと見回した。不審、怒り、興味、多様な感情が彼に注がれている。いずれにしろ、室内の注目を一身に受けている。


 膳立ては整ったようだ。


「そこで聞きたい。我々の敵は何者だろうか」


 ハインラインは質問の意味を取りかねた。その場に集うもの、全てが同様の感想を抱いていた。


「何をおっしゃりたいのです」


 六反田は傍らに何かを促した。ネシスがすぐに額へ手を当てる。


 合衆国の席から、どよめきが起こった。


 銀髪紅眼の少女、その額から見事な一対の角が生えていた。


◇========◇

次回3月17日(水)に投稿予定


ここまでご拝読、有り難うございます。

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弐進座

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