カリビアン・ロンド(Round dance) 24

【パナマ】

 1946年2月14日


 パナマ会議は七日間の日程が組まれていた。


 大別すると初めの二日間は事務官レベルの調整会議が各国間で行われ、次の三日間が首脳レベルで行われる。まず事務官レベルで議事の上程と利害の調整を行い、首脳会議のお膳立てがなされるのだ。


 次の三日間の首脳会議で大筋の合意が至ったら、最後の二日間で細々とした決議が行われる手はずだった。


 合衆国海軍のハインライン大佐が現地入りしたのは、開催の初日二月十日だった。この日、ハインラインは日英米間の高官会議に出席する予定だった。パナマに着いて早々、彼はホテルの部屋に荷物を下ろすや、すぐに会場へ向かわなければならなかった。ここまで時間が切迫しているのには、相応の理由がある。


 本来ならば、彼はパナマに召喚されるはずではなかった。スプールアンス提督麾下の第3艦隊で幕僚を務めていたところ、統合参謀本部直々に出向命令が下った。なんでもパナマ会議で通訳を務めるはずだった高官が負傷したらしい。パナマの市場でメタンガスの爆発事故が起き、それに巻き込まれたのことだった。代役として選出されたのが、ハインラインだった。


 上官のスプールアンスには寝耳に水だったらしい。珍しいことにあからさまな不快感を統合参謀本部に示し、太平洋艦隊司令のニミッツがとりなすほどだった。


 ハインライン本人にとっても青天霹靂だった。本心を言えば理不尽さを感じていたが、この世はなべて理不尽なものと承知していた。


 ハインラインが会議室に入ったのは開始10分前だった。彼の泊まっていたホテルに会場があったため、思ったよりも早く着席できた。彼はデスクにあった水差しを傾けた。ここまでろくに休む時間もなかったため、喉が渇いていた。温い水を二杯あおり、当座の水分を身体に行き渡らせたところで、室内を見回す。


 すでに出席者の大半が着席していた。やがて時間になり、進行役の英軍士官が開始を告げた時、扉が開かれた。


 一斉に複数の視線が入り口に注がれる。誰もが目をひそめた直後、ぎょっとした顔を浮かべた。


 入室してきたのは、4名だった。最初に日本海軍の士官が3名、そして最後に入ってきたのは──。

「|少女ガール?」


 ハインラインは呆気にとられ、呟いた。場違いにもほどがある。誰がどうみても、子どもにしか見えない。せいぜい十二、三才程度の少女をトップシークレットの会議に連れてきていた。知日派と呼ばれているハインラインだが、彼でも知りえない日本人の習慣があるらしい。


「遅参となり申し訳ない。私は六反田。今日はオブザーバーとしてこちらに参った次第だ」


 太った日本人は一礼すると、着席した。





 六反田たちが着席した後、滞りなく会議は進行した。


 始まりこそ多少は浮足立ったが、彼らはなべて軍人である。非常事態には耐性がついていた。多少の異物が混入したくらいで動じるような者はいなかった。


 本会議の主題は供出戦力の申し合わせだった。各国の陸海空の高官が一同に集い、対BM戦争における主要三か国がお互いに融通の利く兵数掛け金をテーブルに乗せていく。それらは、将来行われる対BM反攻作戦の規模を決める目安となるはずだった。


 もちろん、あくまでも目安であって判断材料のひとつに過ぎない。とかく戦争と言うものはイレギュラーの連続であるから、予想外の出血は必ず発生しうるものだった。


 昨年を例に挙げると北米大陸の五大湖奪還を目的とした、エクリプス作戦がその典型だった。44年のパナマ会議においては、合衆国は10万人、英国は3万、日本は1万程度の陸上兵力を供出する見込みだった。


 しかながら、実際に作戦計画を策定し、修正を加えていった結果、最終的には二倍以上の兵数が必要になった。実施後に損耗した武器弾薬と死傷者の数は、想定をはるかに超える。果たして犠牲に見合った成果を得たのか、多くの将兵が疑問に思っていた。


 対称的に、復活祭作戦では計画を大幅に下回る戦力で臨むことになった。これは攻略対象となっていたオアフBMが消失したためだった。本来ならばオアフBM殲滅のために使われるはずだった資源が、現地の魔獣の掃討に投入されたため、犠牲は想定を大きく下回る事となった。この戦争が始まって以来の快挙だった。


 そのオアフBMを消失させた主犯格がハインラインの目の前に座っていたが、いまだに彼自身を含め、大半の人間は気づいていなかった。


 当然だろう。


 日本人特有の能面のような表情を浮かべた青年士官、その横には銀髪紅眼の少女。この二人がBMを消し飛ばしたなど、夢にも思えない。


 だからこそ、ハインラインたちはどうにもわけがわからなかった。


 なにゆえ、あの六反田とかいう少将は少女を連れてきたのだろうか。


 もっと解せないのは、日英側の反応だった。彼女が入室してきたとき、その二か国の士官達はさして驚きもせずに受け入れていたのだ。まるで事前に知っていたかのようだ。


 悶々と理由を考えてみたものの、思いつかなかった。はっきり言って、今のハインラインは手持ち無沙汰だった。知日家として通訳で呼ばれたものの、出番は全くなかった。それもそのはずだ。


 全員でないにしろ、たいていの日本人士官は英語を支障なく話すことができた。数年にわたり北米や豪州などの英語圏で共同戦線を張ってきたのだ。否が応でも話せるようになってしまう。


 ハインラインがあくびを堪えはじめたころ、あの太った日本人が口を開いた。彼は野太く、よく通った声で言った。


「反応兵器は駄目だ」


 合衆国軍将校の顔が険しくなった。



◇========◇

次回3月14日(日)に投稿予定


【重要】

タイトルの副題を変更しました。

主題のレッドサンブラックムーンはそのまま変更していません。

かなり悩みましたが、昨今の風潮とこの作品の雰囲気から、かなり長い副題になりました。

官僚的な公文書のタイトルをイメージしています。

こちら定着しそうならば、このまま行きたいと考えています。


ここまでご拝読、有り難うございます。

よろしければ、ご感想や評価をいただけますと幸いです。

(本当に励みになります)

弐進座

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