カリビアン・ロンド(Round dance) 22
「Uボート?」
副長が声を上げた。
対面側、もう一つのレンズから見ているのだ。
「にしては、少し大きいな」
シャーデの目には、月明かりに照らされたUボートの艦橋が映っていた。<グロウラー>と同程度か、それ以上はありそうな船体だった。ドイツ海軍が主力はVII型かIX型だ。いずれにしろ、<グロウラー>のガトー級よりも二回りほど小さいはずだった。
「恐らくXIV型です」
シャーデの疑問に、副長が答える。
「ドイツ人が
8年前、アナポリスで叩き込まれた識別用のシルエットを思い出していた。
「なるほどな」
シャーデは肯いた。異議はない。
ちゃんと覚えていたのだ。こいつだって莫迦じゃない。
「問題は……」
平静さを装っていたが、内心では危険信号が鳴り響いていた。シャーデの脳内で、新たな疑問がドミノのように次々と生成されていく。
あれが補給用のUボートならば、供給先のUボートがいるはずだ。
そいつはどこだ?
潜航中のスクリュー音を拾ったのならば、そいつは近くにいることになる。
だとしたら、違う。
恐らくウーズ《ソナーマン》が最初に拾った音は、海上航走音だ。
もし潜航中なら、相手がよほどのポンコツでない限り途中で感づかれるはずだ。
全力で海上を突っ走っていたところを俺たちが拾ったんだ。
ならば、目の前の乳牛の音か?
違う。針路が合わない。
補給品を積み込むとしたらドイツ本国、つまり北大西洋から南東へ向かう針路を取っている。俺たちが最初に見つけた奴は、カリブから外洋に向かっていた。逆方向だ。
つまり、これから補給を受けようとしているUボートを追い続けていたことになる。
「こいつは、まずい」
乾いた声でつぶやく。
この海域に到達する直前、二つの音を拾っていた。片方は目前にいるXIV型Uボートだ。ウーズが二番目に拾った音の発生源だ。
最初に拾った音、シャーデたちが追いかけてきた音は途中でプツリと途絶えた。停止したのだ。魔獣に襲われたわけではないだろう。その場合、派手な戦場音楽が鳴らされるはずだ。。
「気づかれている」
追われていると気づいたからこそ、潜航して息を潜めることにしたのだ。だとしたら、なぜ隠れる必要があるのだ。合衆国とドイツは交戦状態ではない。
「クラウトどもめ、何を企んでいやがる」
確かめてやりたいと思った。
「どうしますか。このまま我慢比べを続けます?」
副長が軽口で尋ねてきた。どうやら少し楽しくなってきたらしい。シャーデは潜望鏡から目を離すと、帽子をかぶり直した。
「いっそのこと挨拶に行ってもいいかもしれん。乳牛と言うからには、ミルクの一杯くらいおごってくれるだろうよ」
周辺から失笑が木霊した。
「自分はドイツ語ができますよ」
副長が応える。
シャーデは黄ばんだ歯を見せた。
「それなら交渉役は任せたぞ」
「ええ、ありったけのブルストとビールを搾り取ってやりますよ」
ソナー室のカーテンが開かれた。
「艦長。どでかい排水音です。浮き上がってきやす」
ウーズがヘッドホンをしたまま声を上げていた。
「わかった」
シャーデは再び潜望鏡に張り付いた。
どうやら観念したらしい。思っていたよりも早かった。まあ、向こうもこちらの正体のあてはついているだろう。少なくとも魔獣じゃないことはわかっているはずだ。スクリュー音のする魔獣などいてたまるか。
「さて
海面が盛り上がったと同時にウーズが声が木霊した。
絶叫に近かった。
「注水音、本艦後方、サーペント!」
シャーデは潜望鏡から離れると、怒鳴るように命令した。
「急速浮上だ! 機関全速、突っ走れ!」
相手が魔獣なら、水中戦などやってられない。とっとと浮き上がって逃げるだけだ。
「続いて
ウーズの報告と同時に、風船に穴が開いたような音が木霊した。
直感でわかった。
至近で発射されている。
間に合わない。
副長と目が合う。
何かを言いかけていた。
シャーデは首を振った。
「すまん」
船体が衝撃に包まれ、各所で浸水を起こした。メインタンクに破孔が生じ、深度計の針が振り切った。
わからない。
遠のく意識をたぐりながら、シャーデは思った。
なぜ、ウーズはサーペントの存在に気が付かなかったんだ。
それとも、まさか待ち構えて……。
<グロウラー>の消息は絶たれ、バミューダトライアングルに新たな墓標が加わった。
◇========◇
次回3月7日(日)に投稿予定
【重要】
近々タイトルの一部を変更しようかと考えています。
「レッドサンブラックムーン」は残しますが、副題の「大日本帝国~」部分の変更を検討中です。
3月中に結論を出そうと考えています。
ここまでご拝読、有り難うございます。
よろしければ、ご感想や評価をいただけますと幸いです。
(本当に励みになります)
弐進座
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