カリビアン・ロンド(Round dance) 21

 BM戦の前まで、潜水艦は今よりも攻撃的な運用が想定されていた。基本任務は哨戒と索敵だったが、それに加えて通商破壊があった。


 元来、潜水艦とは攻撃的な存在である。その隠密性ゆえに、存在するだけで脅威になる兵器だ。


 潜水艦による通商破壊は第一次大戦のドイツ海軍が嚆矢になり、英国海軍を苦しめることになった。数隻のUボートが潜んでいる。その可能性があるだけで、数十隻の護衛船団が必要になった。そして大船団の運用は財政的な負担を招く。


 第一次大戦終結後、BMが現れるまで各国の海軍は潜水艦に対して同様の思想を抱いていた。例外的だったのは、日本海軍と合衆国海軍の一部だった。前者の日本海軍は艦隊決戦における補助戦力の一部として定義していた。すなわち艦隊決戦の前に、少しでも敵を漸減するために用いる想定だ。後者たる合衆国海軍は主力の補完と言う意味では一致していたが、あくまでも哨戒と索敵が主任務となっていた。戦闘艦同士の殴り合いに参加させる気はなかった。


 しかし、BMの出現によって潜水艦の運用思想は根本から見直されることになった。まず通商破壊の必要がなくなった。BMは単独で自立運用可能な武力生命体だ。長大な兵站を維持する必要がない。魔獣も似たようなもので、好き勝手に行動範囲を広げまくる。このような脅威に通商破壊など成立するはずがない。艦隊決戦の補助としても成立しない。そもそも魔獣は艦隊など組まないのだから。


 最後に残ったのが、哨戒と索敵だった。小型ながらも、潜水艦は広大な大洋を長期行動可能だった。かろうじて潜水艦は戦闘艦艇としての存在意義を維持したが、風前の灯火だった。


 そもそも潜航した状態である必要がないのだ。哨戒にしろ、索敵にしろ、魔獣相手に潜ったままで行うメリットは一切なかった。むしろ速度の低下と酸素を消費するだけで、デメリットしかなかった。加えて、水棲魔獣に対して潜水艦は戦闘能力で劣っている。レシプロ機並みの機動性を持つ生物相手に、潜水艦は鈍重すぎた。魚雷を当てることなど、よほどの幸運に恵まれない限り不可能だった。


 過去、合衆国海軍が喪失した潜水艦はいずれも潜航時に魔獣と遭遇したことが原因だった。逆を言えば、浮上時に撃沈された例はない。日英の海軍も似たような状況だった。


 かくして潜水艦は存在自体に疑問符がつきつつあった。このままBM相手の戦争が続くのならば、建造自体行われなくなるかもしれない。あるいは各国が開発途中の誘導魚雷ができれば話が別だろう。しかし、それがいつになるかは不明だった。


 <グロウラー>は久方ぶりに潜水艦らしいふるまいを行っていた。数時間前にバラストタンクに注水し、船体を漆黒の海へ潜り込ませている。現在の深度は50メートルで、北方を目指していた。


「魔獣の推進音を探知したら、すぐに浮上する」


 シャーデは司令室内の士官へ言った。


「すまないが、それまでは我慢比べだぞ」


 浮上航行の場合、レーダーで探知される恐れがあった。もしかしたら、正体を確かめる前に逃げられてしまうかもしれない。可能な限り、相手に気づかれず近寄りたかった。


英国海軍トミーでしょうか」


 副長は、なおも訝しげだった。


「知らんよ」


 わずかな苛立ちを覚える。そいつが事前に分かれば、苦労はないだろう。


──無理もないか。


 俺たちはイカれた世界に慣れすぎたのだ。本来あるべき姿を忘れちまった。つい5年前まで、人間相手に戦争をしていたはずなのだ。BMや魔獣がいなければ、相手はただの不審船だ。追跡し、場合によっては拿捕、あるいは撃沈となる。


 今だって実は変わらない。たまたま、人間よりも厄介な敵がうろついているだけだ。優先度の問題に過ぎなかった。味方以外の疑わしき存在は、全て敵なのだ。


 海図上の予想針路を指でたどっていく。まもなく指が止まり、シャーデは何とも言い難い表情になった。


「嫌な因果だ」


 シャーデの指先、その海域には非公式の名前がついていた。


 バミューダトライアングルだ。



 数時間後、<グロウラー>は邂逅予想の座標と重なった。それから間もなくのことだった。


「艦長、ウーズが呼んでいます」


 副長が司令室の一角を指す。聴音室からソナーマンが顔を出していた。首にいかついヘッドホンをかけ、その視線はシャーデへ向けれられていた。聴音室から出ようとするウーズを制止し、シャーデは近づいた。


「どうした?」


「すみません。直接話したほうが早いと思いやして──」


 南部出身特有の訛りだった。


「言ってくれ」


 シャーデはすぐに肯いた。


「航走音が増えやした。先客がいやす」


「スクリューか?」


「はい」


「わかった。引き続き、変化があったら言ってくれ。俺を直接呼べ」


 ウーズは首を縦に振ると、ヘッドホンをかけなおした。


 それからしばらく経ったが、途中で増えたほうの航走音がより大きくなっていった。それと半比例するように、最初に拾った航走音は小さくなる。


 やがて、何も聞こえなくなった。


 シャーデは逡巡したが、意を決して命令した。


「メインタンクブロー。トリムそのまま。潜望鏡深度まで浮上する」


 <グロウラー>の細長い船体が水面へ近づいていき、停止した。


 シャーデは帽子をあみだにかぶると、潜望鏡を上げた。ぐるりと旋回させる途中で異変に気が付いた。自然と笑みがこぼれる。なんと海の狭いことよ。


「ご同類とはな」


 レンズには抹香鯨の背のような影と塔型の構造物が映っていた。


 潜水艦の艦橋部分だ。


◇========◇

次回3月3日(水)に投稿予定


【重要】

近々タイトルの一部を変更しようかと考えています。

「レッドサンブラックムーン」は残しますが、副題の「大日本帝国~」部分の変更を検討中です。

3月中に結論を出そうと考えています。


ここまでご拝読、有り難うございます。

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(本当に励みになります)

弐進座

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