カリビアン・ロンド(Round dance) 20
【大西洋 プエルトリコ沖】
1946年2月8日 夜
BMと魔獣の登場は、地球上のあらゆる法則を覆した。学術分野から市場原理、市井の常識まで例外はなかった。
例えば物理学会では、BMの質量と構成物質について盛んに議論がなされていた。直径数百メートルから数キロに及ぶ球体が重力に抗い、宙に浮遊しているのである。ニュートン以来の法則だけでは、説明はつかない。大気よりも比重が軽く、砲弾すら弾く強度の物質ならば理論上は可能だ。しかし少なくとも地球上には存在しない。サンプルを取ろうにも、大抵は多大な犠牲を伴ってしまう。
経済的には副次的な問題が爆発的な規模で生まれていた。BMによって五大陸が寸断された結果、既存の流通ルートが全く機能しなくなったのだ。シベリア鉄道は寸断され、北米大陸の東半分は
結果的に世界規模の貿易航路の再編が行われ、市場経済の維持に支障きたすようになった。このような状況下で経済学者たちは、いかにして資本主義の原理を維持するか頭を悩ましている。中には計画経済を推奨するものもいた。皮肉なことに、モデルケースとして実在していたソヴィエトロシアが滅亡したため、有効性の検証が出来なくなっている。
もっとも劇的な変化を迎えたのは軍事だった。ある意味では割を食ったと言うべきなのかもしれない。先に取り上げた二分野が机上で検証する猶予が与えられたが、世界中の軍事関係者は
彼らは文字通り血を流しながら、試行錯誤を繰り返すことになった。当然だろう。彼らの目前には、装甲車両並みの上皮をもつドラゴンや半身吹き飛ばしても動き回るトロール、そして絶え間なく市民を喰いつくして増殖するグールが迫っていた。
いちいち仮説など立てていたら、そこら中に味方の血だまりが形成されてしまう。まず出来ることと言えば、ありったけの火力を叩き込むことだった。そして、過去の戦訓の中で
やがて数年かけて、人類は対魔獣、対BMの
ハワード・F・シャーデ少佐が指揮する艦は、その最たる例だった。
ガトー級潜水艦、四女の<グロウラー>は通算で11回目の哨戒任務に出ていた。
現在地はダークス・カイコス諸島の北方150マイルほどの海域だった。
「艦長、ソナーからです」
副長が囁き声で告げてきた。シャーデはただ肯いて答えた。
そっとメモ書きが手渡される。アルファベットと数字の羅列が書き殴られていた。追尾中の目標の針路を意味している。
昨日のことだ。<グロウラー>は不明音を探知した。内容は明らかなスクリュー音で、単独航行している船舶のものだった。
第三者から見れば、気に留めることもないだろう。
しかし、ここは大西洋だ。
戦闘艦艇でもない限り、船舶が独行するなどありえなかった。例え戦闘艦艇でも
太平洋、インド洋北部と異なり、大西洋はいまだに魔獣のプールとなっている。サーペントやクラァケンクラスの大型魔獣が遊弋しているため、護衛なしでの航行は自殺行為に等しかった。
シャーデはメモ書きを片手に、近くの固定台まで歩み寄ると海図を確かめた。定規とコンパスを用いて、予想針路を割り出していく。
「上手くいけば、あと数時間で邂逅できる」
頬を撫でながらシャーデは言った。無精ひげがささくれ立っているが、不潔さは感じなかった。三日前に艦内でシャワーを浴びたばかりだ。
「味方の可能性はないでしょうか」
副長が首をひねった。
「ウーズの耳は確かだ」
ソナーマンの名前を挙げて、シャーデは否定した。
「それにな。俺の知る限り、この
たった五隻。
それが合衆国海軍が大西洋に常時投入できる全力だった。かつては数十隻いた潜水艦戦力だが、今では見る影もなかった。新造艦の建造も計画段階で止まっている。
◇========◇
次回2月28日(日)に投稿予定
【重要】
近々タイトルの一部を変更しようかと考えています。
「レッドサンブラックムーン」は残しますが、副題の「大日本帝国~」部分の変更を検討中です。
3月までに結論を出そうと考えています。
ここまでご拝読、有り難うございます。
よろしければ、ご感想や評価をいただけますと幸いです。
(本当に励みになります)
弐進座
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