カリビアン・ロンド(Round dance) 19

「なぜ?」


 アルフレッドは英語で尋ねた。狐につままれたような顔だ。


「他に何かお望みですか」


 英国人の表情は消えていた。


「掛け金の問題じゃないんだ。それに、君らは俺たちが本当に欲するものを用意できないだろう」


 六反田はグラスを置くと、近くの姿見を見ながら居ずまいただした。


「どういう意味でしょうか」


「合衆国は反応爆弾の量産に入ろうとしている」


「それがどうかしましたか」


「俺なら数を揃えて一気にケリをつけるね。そのほうが安上がりだ」


「そうかもしれません。しかしリスクもある。シカゴBMは反応爆弾の直撃後に巨大な魔獣、月獣に変身しました。同様の事態は他のBMでも起こりうる。その場合、彼らは高い代償を背負うでしょう」


「その通り。だからこそ、我々の価値が出てくる。この意味、わかるかね」


 アルフレッドは数秒後に口を開いた。


「あなた方が切り札ジョーカーになると?」


 六反田は鷹揚にうなずくと、グラスにスコッチを注いだ。


「そう。仮に月獣が再び現れたとしても、<宵月>とあそこの嬢ちゃんたちがいれば押さえられる。だからこそ、合衆国は日本との関係を無下にできない。貴国も承知しているだろうが、すでに魔導機関の技術は合衆国に渡している。いずれは実用化するだろうが、それはまだ先だ。だいたい、連中は肝心なものを揃えることができない」


「肝心なもの──」


 呟いた後で、アルフレッドは思い至ったらしい。


「月鬼……」


その通りイグザクトリー


 琥珀色のグラスが掲げられ、喉元をピートをまとった酒精が通り過ぎていく。六反田は卓上の葉巻を取り、先端をかみちぎった。口にくわえたまま、火をつける。紫煙を味わう。ああ、至福だ。


「ああそうそう、ひとつ聞かせてもらおうか。君ら、バルカン半島にいかほどの兵力をつぎ込むつもりだ?」


「それは──」


 アルフレッドは言い淀んだ。知らないわけではない。しかし答えたら、この日本人は恐らく全てを悟るだろう。


「まあ、貴国の状況から考えて2万、多くて3万ほど抽出できれば良いほうかな。我が国と同様、英国の主戦線は、あくまでも北米だ。カナダを見捨てるわけにもいくまい。そうだろう?」


 返事はなかった。六反田は姿見に映った自分の顔を見た。だいぶ酒が回ってきている。やはりストレートはよく効く。トワイスアップにしておけばよかったか。


「もちろん、2、3万程度じゃあバルカンを平定できない。ましてや東欧にいるBMと魔獣を始末するなど不可能だ。君はバルカン半島に楔を打ちこむと言ったが、それは正しくないな。はっきりと言うべきだよ。ドイツ軍を誘引、時間稼ぎするための撒き餌だとね。俺は食うのは好きだが、食われるのはごめんだ。ついでに負け戦はもっと嫌いだ」


 アルフレッドはチェイサーに手を伸ばした。一口だけ飲む。自分でも意味の分からない行動だった。この日本人、軽々と接触すべきではなかった。大脳辺縁系を最大限に稼働させ、彼は対抗材料を捻りだした。


「ドイツがBMに反応弾頭を使用した場合、東欧は危機的状況に陥ります。誰も止められくなくなる。あの国は、きっと他国に対しても使用をためらいません。仮に東京へV2反応弾頭が飛来しても、迎撃不可能だ。魔弾の射手を倒すなら今しかない」


「果たして彼らは狼谷のザミエルごとく7発も作れるのかね。仮にそうだとしても、俺たちが欧州へ向かう理由にはならないねえ。北米が先だよ。それに確証はないが、俺は連中がまとまった数を用意できるのは先だと思っている。あの合衆国ですら、量産に手を焼いているのだからな」


 異議はなかった。六反田はグラスを空にすると、葉巻を灰皿に押し付けた。


「そろそろ、おいとましようか」



 客人が去った後、スィートルームの隠し扉が開いた。中から出てきたのは、アルフレッドの上官だった。彼は別室で商談の顛末を見届けていた。


 アルフレッドは立ち上がると、ただちに敬礼した。


「申し訳ありません」


「大尉、君は外交官ではない」


 メンジーズ少将は言った。


「私が君に求めたのはメッセンジャーとしての役割だ。その意味では、十全に義務を果たしている」


 応接セットのソファーに腰を下ろした。目前には客人が残したグラスもある。


「それに君はホストとしても、期待以上の働きをしてくれたようだね」


 シングルモルトのスコッチが一瓶空けられている。あの日本人、ディオニソスの化身ではなかろうか。


 無言で佇む部下に目を向けた。恥じ入っているようだ。よろしい。彼は貴重な経験を得た。この世には侮らざるべき相手がいると思い知っただろう。


「安心したまえ。まだ幕は下りていない。彼は再びここに来る」


 アルフレッドは不可思議な顔で、上官を見た。


「なぜ、言い切れるのですか」


「彼は、ずっと私にサインを送っていたのだ。姿見の向こうにいる私に対してね」


 応接セットの近くにはマジックミラーとなった姿見があった。ときおり六反田は、そちらの向けて話したかけていた。


「さて、開幕の前座はここまでとしよう」



 翌日、クィーン・エリザベスに昨日と同じ客人が訪れた。


◇========◇

次回2月24日(水)に投稿予定


【重要】

近々タイトルの一部を変更しようかと考えています。

「レッドサンブラックムーン」は残しますが、副題の「大日本帝国~」部分の変更を検討中です。

3月までに結論を出そうと考えています。


ここまでご拝読、有り難うございます。

よろしければ、ご感想や評価をいただけますと幸いです。

(本当に励みになります)

弐進座

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