カリビアン・ロンド(Round dance) 16
【パナマ港】
1946年2月6日 夕
特務輸送艦<大隅>の会議室は、長らく月読機関に占拠されている。もっとも会議室は他にもあるので、他の船員や兵士に迷惑はかけていない。
室内には、通信設備と専用の回線が引かれ、主要区画と連絡が取れるようになっていた。実質的には、月読機関の移動司令部だ。
「まあ、元々は俺たち専用に作らせた部屋だからな」
室内の長椅子にふんぞり返りながら、六反田は言った。
「誤魔化すには、ちょいと苦労したんだぞ。輸送船と言えども、海軍の船だ。でかでかと月読機関の文字を設計図に載せると、またぞろ面倒なことになるからねえ。それで──」
六反田の体面には、儀堂がいた。上半身には包帯が巻かれ、その上から第三種軍装の上着を羽織った状態だ。
「もういいのかね。胸に一発食らったと聞いていたが」
儀堂は頷いた。血色は悪いが、自力で歩行してきたらしい。化け物じみた忍耐と回復力だった。
「弾の摘出は終わりました」
儀堂に撃ち込まれた弾丸は鎖骨直下に潜り込んでいた。あと少し下に逸れていたら、肺を貫通し致命傷だったろう。
「安静にすべきだと申し上げたのですが……」
背後に立つ御調少尉の顔は険しかった。本来ならば絶対安静であるべきはずだった。
「御調君、そう怖い顔をするな。儀堂君が自殺願望者でないことは承知している。わざわざ医務室ではなく、ここまで来たのは相応の理由があってのことだろう。手早く終わらせてしまおう。何を見た? いや、聞いたというべきか。ここならば誰に聞かれないぞ」
「わかりました」
儀堂は簡潔に報告を行った。襲撃時の状況、拘束中に聞いた会話、そのほか気が付いたことなどだ。
「拘束すること自体が目的だと、そう言ったのだな」
糸のように六反田は目を細めた。
「はい。
「しかし、拷問は行ったわけだ」
「はい、電気ショックが定期的に行われました。半分おもしろがっているようでもありましたが」
僅かに儀堂の声が低くなった。怒りと殺気を忍ばせている。
「奴ら、どれくらい拘束するか言わなかったか」
「いいえ、具体的には一切言いませんでした」
「わかった。まあ、何はともあれ君が無事でよかった。医務室に戻りたまえ。まずは回復してもらわなければ、俺も困る。御調君、付き添いを頼んだぞ」
「承知しました。司令、こちらへ。肩をお貸しします」
御調は儀堂の腕を取ると、ゆっくりと立ち上がらせた。御調に支えられながら、儀堂はそのまま退室した。しばらく<大隅>の医務室で、儀堂は療養することになりそうだ。<宵月>よりも、設備が整っている。手術台も備え、開胸手術すら可能だった。
「不可解ですね」
呟くように言ったのは、矢澤中佐だった。片隅で話を聞いていたのだ。
「部分的にはな」
六反田は煙草をくわえると、マッチを擦った。日本では見慣れないパッケージだ。このまえ上陸した際に、購入したパナマの銘柄だった。ニコチンがきついが、好みの香りだった。煙を味わうように、ゆっくりと紫煙を吐き出す。
「二つ、いや三つだけ確かなことがある。君もどうだ? なかなかだぞ」
六反田は矢澤に煙草を差し出した。遠慮なしに受けとり、火をつける。どうやら好みではなかったらしい。一口吸うと矢澤は顔をしかめた。
「敵の目的ですか。儀堂君の拘束だと言っていましたが」
「そうだ。問題は、なぜそれをやったかだ。ほとんど無意味な拷問や謎のフランス人はさておき、儀堂君を拘束することで、何を達成したかったか」
「<宵月>の機密が狙いでは? 先に拷問をかけて、精神を摩耗させる手段も考えられます」
矢澤は、手に煙草をもったまま一切口にしようとしなかった。
「それにしては時間をかけすぎている。だいたい口を割らせるつもりなら、もっと遠くへ連れ去るはずだ。しかし、連中はパナマ市郊外のボロ工場を選んだ。恐らく連中にとって、今回の行動はイレギュラーだったのさ」
「計画的なものではない。突発的なものだったと?」
「その通り。じゃなきゃ、こんな騒動を起こさんだろう。そう仮定すると、本当の目的も見当がつく。黙らせたかったのさ」
一本目を吸い切ると、六反田は灰皿に突っ込んだ。既にあふれんばかりの吸い殻が盛ってある。矢澤は灰皿を手にすると、バケツへ中身を捨てた。ついでに手にした自分の煙草も捨てた。やはり自分は国産に限る。
「我々の行動を止めたかった連中がいた」
「そうだ。要するにパナマ会議の間は大人しくしてもらいたかったわけだ。艦長の儀堂君がいなくなれば、<宵月>の行動も制限できる。同時に、俺たちも表立って暴れることもできなくなるからな。要するに、俺たちが大人しくなるのならば、なんでもよかったのではないかと俺は思っている。儀堂君はとばっちりだよ」
二本目の煙草を六反田は取り出した。矢澤は逃げるように、自分の煙草を取り出す。
「それで、残りは何ですか。閣下は、他にも何かを確信しているようですが」
「ああ、そいつは簡単だ。少なくとも今回の一件は二つの勢力が関係している」
「二つ?」
「昨日、ネシスの嬢ちゃんが飛び出した後、匿名でタレコミがあってな」
六反田は紙片を取り出した。パナマ郊外の座標が書かれている。儀堂が拘束されていた工場の位置だ。
「こいつを港湾関係者から俺宛に届けられた。ためしに御調君を派遣したら、大当たりだったわけさ」
「どおりで。あの速さのネシスによく追いついたものだと思っていましたが……」
しげしげと矢澤は紙片を眺めた。何の変哲もない。どこかの飯屋のコースターだった。
「つまり、この紙片を届けた勢力と儀堂少佐を拘束した勢力というわけですか。それで最後に閣下が確信していることは何です?」
「ん? 明日、両方とも明らかになるってことさ」
六反田はコースターを手に取った。彼がアルフレッド・ローンなる英国人と商談した店で使われていたものだった。
◇========◇
次回2月14日(日)に投稿予定
【重要】
近々タイトルの一部を変更しようかと考えています。
「レッドサンブラックムーン」は残しますが、副題の「大日本帝国~」部分の変更を検討中です。
3月までに結論を出そうと考えています。
ここまでご拝読、有り難うございます。
よろしければ、ご感想や評価をいただけますと幸いです。
(本当に励みになります)
弐進座
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