カリビアン・ロンド(Round dance) 13

 分厚い扉を押し開くと、裸電球に照らされた廊下があった。


 やはり、自分は地下に監禁されていた。


 廊下には一切窓がない。突き当りに階段が見えた。


 あの小男が言ったことが正しければ、階段を上り、いくつかの角を曲がった先に出口があるはずだった。拳銃の弾倉を引き抜き、残弾を確認する。弾倉には5発、薬室に1発装填されているので、計6発だった。


 最低でも敵の仲間は9人いる。全員仕留めるためには3人分の弾が足りず、心もとなさを感じる。他に武器になりそうなものを探したが、見当たらなかった。現地人の死体も漁ったが、目ぼしいものはない。


「ままよ」


 儀堂は階段を上った。


 監禁場所は、廃棄された建物だ。元は何に使われていたのかわからないが、工場施設のようだった。配線が整っているのと、地下に倉庫があることから、それなりの規模だったことがわかる。


 1階部分に上がり、今が夜だと気づいた。明かりが一切なく、屋内は暗闇に閉ざされている。儀堂は手さぐりで前に進んだ。もどかしい思いがあったが、同時に自身にとっては有利だと考え直した。


 敵が複数いるにしろ、自分が脱出したなど夢にも思っていないだろう。そして夜、この暗闇ならば明かりを持ち歩く必要がある。つまり、敵の位置がまるわかりだ。


 儀堂の予想通りだった。ときおり、外から光源が漏れてくる。懐中電灯をもっているようだ。匍匐状態で進みながら、儀堂は窓際を目指した。月明かりが指していることから、外へ通じていることがわかる。まずは状況を把握したい。床を這うと手がやたらとざらつく。


 匍匐前進を続けるうちに夜目になれてきた。そこで、ざらついた床の正体がようやくわかった。干からびたコーヒー豆だ。


「ここは、コーヒー工場か」


 キールケあたりに、土産で持っていったら喜ぶだろうか。


 窓際にたどり着き、僅かに顔を出す。


 すぐに見えたのは、ドラム缶の焚火を囲む3人組だった。それぞれ武装している。一人は猟銃を肩にかけ、もう一人はマチェットを持っていた。最後の一人は手ぶらだが、どこかに銃を隠し持っているのかもしれない。


 正面から出ていくのは、得策ではなさそうだ。裏口からまわるべきか。しかし、他の連中が見張っているかもしれない。そう思ったとき、別のグループがやってきた。


 二人組だった。懐中電灯を手に持ち、肩から銃をかけているが、猟銃ではなさそうだ。歩兵小銃ライフルに見えた。合衆国軍の払下げか、横流しされたものだろうか。


 二人組はドラム缶のグループと合流すると、親し気に言葉を交わした。全員がラテン系の風貌で、現地人だろう。


 正直なところ、わけがわからなかった。


 パナマ人が、なぜ俺を拉致したのだ。俺が何者か理解しているのか。


 ただでさえ儀堂のような東洋人は珍しいのだ。おまけに儀堂は草色の三種軍装を来ていた。見るからに軍関係者だとわかるだろうに。身代金が目当てとは到底思えなかった。


「あの男は、目的はないと言っていたが──」


 そんなわけがあるはずなかった。そういえば、あいつはフランス語なまりだったが、現地人ではないのだろうか。いや待て。確か南米には仏領のギアナがあった。


 いずれにしろ、確かめようはなかった。可能ならば報復してやりたいが、まずは脱出して助けを求めるのが優先だ。


 窓際から立ち去ろうとしたとき、不味い光景が目に入った。二人組のほうが、建物を目指して歩き始めた。


 儀堂はすぐに窓から離れ、物陰に隠れた。二人組は建物の中に入り、そのまま地下へ降りて行く。見張りの交代のようだ。


 好都合だった。


 新たな二人組は、すぐに地下の異変に気が付いた。室内に横たわる二人分の死体を見た瞬間、背後から立て続けに銃撃を受ける。抵抗する間もなく絶命し、新たな肉塊が加わった。


 儀堂は懐中電灯と小銃を手に入れた。やはり、合衆国が採用しているM1ガーランドだった。ボディチェックを行うと、ありがたいことに予備弾倉と手榴弾があった。


 これでようやく戦争ができる。


 全ての装備を整えた矢先、騒がしい声が聞こえた。ドアを開けっぱなしだったため、銃声に気が付いたらしい。


 いいだろう。糞ったれどもが、全員ぶち殺してやる。


 廊下に降りてきた一団に向けて、儀堂は手榴弾を放り投げた。


 爆発音ともに3人分の肉片がまき散らされた。これで5人始末できた。残りは4人だ。


 さらに怒号が近づいてきた。学習したらしい。すぐに降りてこなかった。一階部分で待ち伏せているのだろう。


 儀堂は階段下にある死体の山を探った。手ぶらと思われた男が面白いものを持っていた。MP40短機関銃だ。なぜここにドイツ製の武器があるのか不明だったが、ガーランドよりも役に立ちそうだった。


 小銃で階上を撃つと、すぐに鉛玉で応答があった。規則的な連射と軽い発射音、小銃と拳銃だろう。発砲のタイミングから人数は3~4人というところか。


 儀堂の予想は当たっていた。1階部分で儀堂を待ち構えていたのは、4人だった。彼らは弾切れに注意しながら、交互に発砲、弾幕を張っていた。従軍経験がある分、これまでの連中よりは手練れている。だからこそ、彼らは階下から足元へ何かかが放り投げられたとき、反射的に飛び退いた。手榴弾だと思ったのだ。


 儀堂が飛び出したのは、そのときだった。


 MP40から9㎜パラベラム弾をばらまきながら強行突破する。最初に目が合った奴に弾倉一つ分叩き込むと、すぐに物陰へ退避した。


 工場内でばらばらにマズルフラッシュが焚かれ、上海のお祭りのようだった。誰も彼もがでたらめに乱射するなかで儀堂は入り口に向けて駆けだした。


 耳元で風を切る音がし、至近距離が銃弾がかすめた。恐怖と興奮で顔の筋肉が引きつった。


 間一髪で脱出した儀堂を迎えたのは、長身の黒人だった。


あばよアデュー


 銃声。胸部に命中。


 倒れた儀堂の視界に星空が映った。


 激痛とともに、呼吸困難に陥る。どこだ。どこをやられた。肺か? 胸が焼け付くようで、悲鳴も嗚咽も上がらない。そもそも声を出すことができなかった。


「あんた、やりすぎだ」


 呆れたようなそっけない声が足元から聞こえた。あちこちから複数の足音が聞こえる。思ったよりも敵の数は多かった。


博士ドクトルから殺すなと言われていたんだがな」


 スペイン語の罵り声に囲まれる。


「こいつら、あんたの右目をつぶせと言っているぞ。野蛮な連中だが、俺には止める義理もない。それに、どの道その傷じゃ助からんだろう」


 黒人の男は、パナマ人たちに何かを告げた。直後、歓声が上がる。


 ナイフを持った奴が儀堂の元へ近づき、右目に切っ先を突き付けた。恐怖は覚えなかった。それよりも怒りと申し訳なさが先立つ。


 畜生。俺はまだ──。


 ナイフが瞳に触れ、視界が紅く染まった。


 生ぬるい感触が顔全体を覆った。大量の血を浴びて、儀堂はむせた。


「酷い有様じゃ」


 脳髄を震わすような冷たい声だった。なぜか、心地よさがある。


 倒れた儀堂を中心に、男たちの輪が広がった。


 中心に立っているのは、華奢な少女にすぎない。


 しかし、どこの文化圏の誰が見ても、似たような反応になったろう。


 一糸まとわぬ姿の鬼の少女。


 彼女の瞳は赤く輝いていた。


◇========◇

次回2月3日(水)に投稿予定

【重要】

近々タイトルの一部を変更しようかと考えています。

「レッドサンブラックムーン」は残しますが、副題の「大日本帝国~」部分の変更を検討中です。

3月までに結論を出そうと考えています。


ここまでご拝読、有り難うございます。

よろしければ、ご感想や評価をいただけますと幸いです。

(本当に励みになります)

弐進座

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