カリビアン・ロンド(Round dance) 12

 室内にいたのは二人組で、ラテン系の男だった。一目でわかった。堅気じゃない。ヤクザもんだ。


 儀堂は脈をとろうとした相手の腕をつかむと、そのまま寝技に持ち込んで捻り上げた。右肩の関節を外すと、怒号とも悲鳴ともわからない声が木霊した。どうやら訓練されているわけではないようだ。痛みになれていない。


 もう一人の男は儀堂を取り押さえようとしたが、仲間と密着していたため、組みつくことができなかった。儀堂はさらに右肩を捻じ曲げると、完全に破壊した。枯れ木が割れた音がして、今度こそ絶叫が木霊した。


 嗚咽する男を放り出し、すぐに立ち上がる。残り一名が背後に手をまわした瞬間、儀堂は体当たりした。壁にサンドイッチした拍子に、男の手から拳銃が落とされる。相手がひるんだと見て、儀堂は銃に手を伸ばした。


 しかし、甘かった。


 膝蹴りがわき腹にめり込み、肋骨が軋む。


 激痛で体勢が崩れた拍子に、男は儀堂を突き飛ばした。倒れた儀堂に目もくれず、床の拳銃に手を伸ばす。


 儀堂は足を払うと、相手よりも先に銃へ手を伸ばした。しかし逆に足を掴まれ、あと一歩のところで手が届かない。


 そのまま、我先に銃を掴もうと取っ組み合いになった。突破口を開いたものの、長期戦は儀堂にとって不利だった。電撃により、体力を消耗しているうえ、相手のほうが体格的に勝っている。、手早く処理しなければ、全てが無意味になるだろう。


 やはり向こうのほうが有利だった。仲間の惨状から関節を取られると不味いと思ったらしい。男は儀堂の右側、眼帯をしている死角側から拳を放った。その拍子に眼帯が外れる。倒れこんだ儀堂の顔を背後から手が回され、首が絞められる。


 もがいた儀堂は相手の腕に噛みついた。野獣のような怒声が上がり、首の拘束が解かれた瞬間、相手の喉に肘撃ちを入れ、呼吸を麻痺させる。


 ついに儀堂は銃を手にした。合衆国軍が使用しているオートマチック式の拳銃だった。


 安全装置を外し、顔の至近で引き金を引いた。


 しかし、弾は出なかった。故障か。


「畜生があぁ!」


 相手の反応を待たず、儀堂は銃口を相手の目に突き入れた。そのまま眼窩を突き破り、頭蓋まで押し入れる。


 悲鳴ような何かが発せられたが、儀堂には聞こえなかった。ただただ、理不尽を強いたことに対する報復、その義務感に突き動かされていた。


 眼球が砕けて、体液と血が飛び散り、銃身バレルからぬらっとした感触が伝わってきた。血走った眼で、儀堂は銃身を引き抜くと、小刻みに痙攣する人型の肉塊が出来上がった。


 なにげなく室内の一角に目を向けると、小柄な男が縮こまってこちらを見ていた。最初に儀堂の脈をとろうとした奴だった。


 男は脂汗を流し、鼻水を垂らしながら、壊れたように首を振って懇願している。ようやく、何語かわかった。スペイン語だ。となると現地人か。


 儀堂は男を無視して、息を整えると、手にした銃を確かめた。銃口に肉片やら目玉の虹彩やらがこびりついていた。それらを袖でふき取り、気が付いた。


 俺は莫迦だ。作動するはずがない。


 撃鉄が下ろされている。これじゃ弾が出るはずがない。自分の間抜けさに笑いが漏れた。


 遊底スライドを引き、撃鉄を起こす。薬室チェンバーに弾薬が装填された。よろしい。


 再度、儀堂は生き残った小男に向き直った。


 銃を手にしたまま近寄る。


 異臭がする。小男は糞と小便を垂れていた。


 儀堂は静かな声で尋ねた。


「英語は話せるか」


 小男は首を縦に振った。


「なんのために、俺を拘束した」


「知らない」


 銃声、肩に一発。悲鳴。


 小男はスペイン語で喚いた。本当に知らないようだ。


 儀堂は質問を変えた。


「ここはどこだ?」


 回答は一つ。聞いたことのない地名だった。パナマ市内のようだが、港からどれほどの距離か不明だ。


「出口はどこだ」


 身振りと英語で小男は答えた。


「仲間は全部で何人いる?」


 小男は狼狽し、でたらめな数字をまくしたて始めた。儀堂は銃口を頭蓋骨に押し当てた。パニックになり、小男は知らないと喚いた。どうやら本当に知らないらしい。質問を変える。


「何人見かけた?」


 9人だそうだ。


「お前のボスはどこだ」


 小男は、スペイン語と英語を交えて答えた。


 要するに、この建物のどこからしい。


「わかった。ありがとう」


 銃声、頭蓋に一発。絶命。


 儀堂は退室した。

 

◇========◇

次回1月31日(日)に投稿予定


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弐進座

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