カリビアン・ロンド(Round dance) 11
【パナマ港】
1946年2月5日 夜
矢澤は足早に、<大隅>船内の会議室へ入った。
「大使館に確認をとりました。儀堂少佐が出たのは、14時頃だそうです」
六反田は椅子から身を乗り出した。
「その時間までは足取りははっきりしとるわけだな」
「はい。一応パナマ当局に捜索願を出しましたが、熱心とは言い難い態度です」
「まあ、望み薄だろう。連中、門限破りの重さをわかっとらん」
帰艦予定時刻の超過は厳罰扱いだった。兵卒ならば脱走と見なされ、裁判沙汰になりかねない。
「俺じゃあるまいし、儀堂君が観光に
六反田は立ち上がると、デスク上を見やった。パナマ市内の地図が広げられている。大使館の位置を確かめると、六反田は指で地図上の道筋をなぞった。
「多少の寄り道をしても、徒歩で1時間もかからん道程だ。14時に大使館を出たとして、どこかで事故にでも巻き込まれたか?」
「そういえば──」
傍に控えていた
「ここの市場で、爆発騒ぎが起きています。下水道のメタンへの引火が原因のようです」
「なるほど、港から少し離れているが、あり得る話だ」
「探りますか?」
御調の問いに、六反田はしばらく考えたが、首を縦に振った。
「頼む。私と日本海軍の名前を使ってよろしい。君が必要と思う、全ての手段をとれ」
「わかりました」
御調は会議室を出る前に、立ち止まった。
「ネシスはいかがしますか。彼女もいずれ儀堂少佐の不在に気が付くかと」
六反田は眉をひそめた。
「そいつがあったな。あの嬢ちゃんには俺から伝えるよ。まだはっきりとわからんからな。まあ、何かの気の迷いで遅くなった可能性もある。状況が明らかになるまで、迂闊なことは言えん」
「承知しました。では」
御調の退室後、六反田は矢澤へ目を向けた。
「本郷君にも協力してもらえ。彼を含め、たしか何人か英語を話せただろう。大使館から市場までの道筋、それから病院を片っ端からあたるんだ。爆発事故のけが人が運び込まれただろう」
「すでにリストアップしています。本郷中佐のほうで捜索隊の編成を進めるそうです」
矢澤は既に先回りして手配していた。六反田はさして驚く様子もなく、実行を命じた。この程度のことが出来なければ、彼の副官は務まらない。
「それにしても、今日接触してきた連中でしょうか」
「いいや、違うな」
六反田は断言した。
「俺との話は奴らにって悪いものじゃなかったはずだ。今さら危険を犯すメリットがない。むしろ逆に疑われて、俺との約束が反故になりかねんからな。御調君にも探らせたが、正体は俺の読み通りのようだ」
「
「ああ、英国だとしたらなおさらだ。合衆国のおひざ元で騒ぎを起こすような莫迦じゃないだろう。となれば──」
六反田の脳裏に、二種類の国旗が浮かんだ。
◇
『何やら、騒がしいのう』
魔導機関の中で、ネシスは呟いた。
「あなたのパートナー、まだ帰ってきていないのよ」
内蔵マイクがオンになっていたらしい。外にいたキールケが答えた。彼女は魔導機関に付属した演算機の
『ギドーが? そういえば街へ行くとか言っておったが、遊んでおるのか?』
「そんなわけないでしょ」
そっけなくキールケは返した。
『戯れに言ったまでじゃ。そうむきになるな』
魔導機関の中からくぐもった笑い声が聞こえた。どうも癪に障る。
「よくもまあ、落ち着いていられること。ひょっとしたらトラブルに巻き込まれたかもしれないのに」
『とらぶるとな? よしんば奴が面倒に巻き込まれたとしても、大したことにならぬであろう。いざとなれば、妾が出向くまでじゃ』
「ずいぶんな自信家ね。どうしてそこまで言い切れるのかしら」
『妾とあやつは契約でつながっておる。奴の身に何かあらば、たちどころに妾の知るところとなるぞ』|
「そこまで言い切るのなら、居場所をミツギに教えてあげたら。心配していたわよ」
『妾はあやつのお守ではないぞ。だいたい、そう都合よくわかるものか。あやつが窮地に陥らん限り、妾は動かぬ』
キールケは呆れたように、魔導機関を見た。
「つまり、死ぬ目にあわないとわからないということかしら?」
『死んでもらっては困るからの』
ネシスはそう嘯くと、魔導機関のハッチを開けて中から出てきた。
「そのめんてなんすは、まだかかるのか?」
「どうしたの?」
「湯あみじゃ。ここは暑くてかなわん」
セイラー服のボタンをはずしながら、ネシスは自室へ戻っていった。
◇
どれほど時間がたったかわからなかった。1日は過ぎていない気がする。空腹感はあるが、飢えにまでは達していない。せいぜい半日か。
とっくに帰艦時刻は過ぎているはずだ。<宵月>も異変に気付くだろう。
しかし、何が出来る?
ここは内地ではない。パナマ当局に捜索を依頼しても、動くまで数日はかかる。艦から人手を割いたとしても、不慣れな土地で探し出せるとは思えなかった。
つまり、自分でなんとかするしかなかった。
「すまない──」
弱弱しく、かすれた声で呼びかける。相手を油断させるためだが、演技ではなく実際のところ消耗していた。
背後から押し殺した笑い声が聞こえた。こちらの声は届いているようだ。
「おい──」
うめき声をあげると、儀堂は苦し気に前のめりになり、そのまま動かなくなった。
再び嘲る声がすると、容赦のない電撃が送られてきた。
体中の神経が暴走し、目の奥が炸裂する。
数秒後、電撃が止むと儀堂はピクリとも動かなくなった。
姿勢が固定され、彫像のように硬直している。そのままの状態で数分たったとき、背後で会話が聞こえた。何語だろうか。英語ではないことは確かだ。ドイツ語でもない。
会話が近づいてきた。
語気から焦っていることがわかる。
数は二人。お互いに罵り合っている
肩を揺り動かされ、がっくりと首をうなだれる。
数発殴られても、反応はない。
手足の拘束が解かれ、横に倒される。
手首に誰かが触れた。脈を取ろうとしたのだろう。
儀堂が目を開いたのは、その瞬間だった。
◇========◇
次回1月27日(水)に投稿予定
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弐進座
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