カリビアン・ロンド(Round dance) 9

 六反田が英国人と商談の約束をしたころ、儀堂は駐パナマ日本大使館へ呼び出されていた。パナマ当局(実質的には合衆国)から抗議が来ていた。パナマ湾上空で、<宵月>が遊覧飛行した件だ。自分の庭で好き勝手に飛び回られて、よほど気に食わなかったらしい。ほとんど、屁理屈に近い難癖をつけてきた。


 儀堂は責任者として、大使館に召喚され、お叱りを受けることになった。計画したのは、六反田だったが、書類上では儀堂が指揮官のため、体のいい弾避けにされたのだ。


 出迎えた大使は二人いた。片方は元から赴任していた駐在大使で、もう片方はパナマ会議の特命大使だった。


 駐在大使は冷ややかな目で小言を述べる一方、特命大使の方は好意的な感想を述べた。


「彼を許してやってくれ」


 特命大使の石射は、儀堂を玄関まで送りながら言った。


「君らがここに来てから、大使館にパナマ人の問い合わせが殺到したんだ。おかげで、職員たちが忙殺されてね」


「地元の抗議ですか」


「それもあるが、少数派だな。どうやら君らを神の使いか何かと勘違いしたらしい。病気の祈祷から、雨ごいまで幅広く要望が届いた。もちろん、丁重に断ったがね」


 石射は失笑しながら続けた。


「いっそ宗教家にでもなってはどうかな。今ならば国のひとつでも作ることができるだろう」


 悪い冗談を聞かされたように、儀堂は眉をひそめた。


「それは勘弁願いたいです。私は不信心者なので、相応しくはないでしょう」


 心の底から、そう思った。


 仮に神とやらがいるのならば、この世の救いのなさは償わせてやるつもりだ。きっと、会った瞬間に、俺は縊り殺してしまうだろう。


 石射は儀堂の瞳に暗い影を見たようだ。笑いを収めた。


「私の本音を開陳するなら、君のおかげで助かったことは確かだ。これまでアポが取れなかった中南米の要人に会いやすくなった。むしろ、向こうから私に接近すらしてくる」


「ならば幸いです。しかしながら、それほどに効果があったとは意外です。私見ですが、<宵月>よりも、合衆国やドイツの反応爆弾のほうがよほど脅威です」


「誰しもが、未知の存在には脅威を覚えるのだよ。反応爆弾の威力は圧倒的だが、原理は解明されている。何よりも合衆国の独占が崩されているのが大きい。しかし、<宵月>は違う。誤解しないでくれたまえ、あれにはBMと同じ不気味さがあるんだよ」


「いいえ、お気になさらず。むしろ合点がいきました。では、失礼」


 儀堂は一礼すると、大使館を後にした。



 後をつけられていると気づいたのは、大使館を出てしばらく後のことだった。


 地元民にまぎれて、数名の男が追って来ていた。はじめは下手くそな尾行だと思ったが、すぐに考え直した。


──違うな。あえて気づくように仕向けたのか。


 尾行者たちは、巧妙に儀堂の進路を誘導しようとしていた。わざと存在を警戒させたうえで、行く先々で別の集団が儀堂を待ち構えている。なるべく人通りの多い道を選びながら、儀堂は方向を変えなければいけなかった。


 車を寄こしてもらうべきだったと思う。あるいは一人で来るべきではなかったのかもしれない。目的は不明だが、剣呑な事態には違いなかった。


 巻くべきか考えたが、このまま無視して、まっすぐ港まで戻るほうが無難だ。あるいはタクシーでも捕まえればと思ったが、都合よく走ってはくれなかった。だいたい、パナマ市内では自動車が未だに珍しい存在なのだ。


 幸い、パナマ市内は把握しやすかった。発展した都市だが、広くはない。港も大使館から、さほど離れてはいなかった。何よりも、人の目が多い。何か事を起こすにしろ、目立ちすぎるはずだ。


──脅しか。しかし、意図がわからない。


 尾行をかわしながら、儀堂は推理した。しかし、さっぱり結論が出なかった。相手の人種は、原住民のインディオとメスティーソ(インディオと白人の混血)が入り混じっている。東洋人と思しき顔ぶれもあった。いや、やはり見間違えかもしれない。


 ふと石射の言葉がよぎり、莫迦げた考えが思い浮かぶ。


──まさか、俺が<宵月>の艦長と知って、神にでも祭り上げるつもりじゃないだろうな


 冗談ではない。


 我ながらが、あまりにも莫迦莫迦しすぎて気分が悪くなった。


 いつのまにか、儀堂は港近くの市場まで来ていた。周囲に尾行者の存在は見当たらなかった。巻いたのかどうかはわからない。恐らく違う。


 あとは、この市場を通り抜ければ海が見えてくるはずだった。当初の帰路とは異なるが、ここまで来れば大丈夫だろう。


「半舷上陸は無理だな」


 少なくとも相手の正体がわかるまで、兵士たちをおかに上げるわけにはいかなかった。もし何らかの問題に巻き込まれたとしても解決できない。


 畜生めと思うと同時に、兵士たちへ申し訳ない気持ちになった。例え見知らぬ土地であれ、大地を踏みしめる喜びに変わりはないのだ。そこには船上にない開放感がある。


 酒保でも開くかと思ったとき、儀堂の視界が真っ白に染まった。同時に聴覚も麻痺する。


 近くで爆発が起きたのだ。


◇========◇

次回1月20日(水)に投稿予定


ご拝読、有り難うございます。

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弐進座

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