カリビアン・ロンド(Round dance) 6

【パナマ】

 1946年2月2日 昼


 <宵月>は高度一千メートルを維持しながら、パナマ湾へ進入した。その姿は、パナマ港からもはっきりと確認できた。6千トン近い鉄塊が、怪しげな方陣に包まれながら宙に浮いているのだ。否が応でも目を引く。


 速度は10ノットほどだ。六反田から、ゆっくり時間をかけて入港するように命じられていた。曰く「見せつけてやれ」だそうだ。


 異変に気が付いた港湾労働者が騒ぎ出し、地元の新聞社がかけつけはじめた。


『ギドー、来おったぞ』


 ネシスだった。高声玲達器スピーカーを通じて、魔導機関室から戦闘指揮所まで連絡してきた。


「ああ、わかっている」


 儀堂が応える。ちょうど電探からも報告があったところだ。高速で二機の航空機が向かって来ているらしい。恐らく現地に駐留している合衆国軍だろう。


 戦況表示盤では<宵月>に向かってくる編隊が投影されていた。中央の楕円形に向かって、航空機を模した駒が近づいていく。


 まもなく見張り員から合衆国軍機だと報告が来た。機種は<F4Uコルセア>のようだ。


「司令、合衆国軍が無線で呼びかけてきています」


 興津中尉は額に汗を浮かべていた。


「なんだって?」


 儀堂は、いつもと変わらぬ様子だった。恐らく何を告げられても、変わらないだろう。


「すぐに降りろだそうです。領空侵犯を主張しています」


「法的根拠を示すように返せ。パナマの港湾局や航空局には事前に通達している。加えて、我々は同盟国であり、所属も明確にしているとね」


 <宵月>は、パナマ港に向かい直進していった。


合衆国軍機は、なおも周回している。しばらくして、後方から連続的な破裂音が木霊した。<宵月>に対して、警告射撃を行ったのだ。


 興津は艦内電話を通じて、無線室から連絡を受けていた。受話器を押さえ、儀堂へ告げる。


「現地の合衆国軍司令部から警告が来ました。降下しなければ、敵対行為と見なすそうです」


「こちらの質問には一切回答せずかい。よろしい。ネシス、聞いていたな」


『愚問じゃな。して、どうする? あの合衆国とやら、たいそう居丈高ではないか。妾は面白くないぞ。貴人に対する、作法と言うものをわからせてやりたいところじゃ』


「作法か。まあ、無礼であることは確かだ。そうだな。いささか面白みにかけるが、ここは言う通りにしてやろう。ただし──」


 儀堂は喉頭式マイクに手を当てると、回線を艦内放送に繋いだ。高声令達器を通じ、総員に方針を告げた。直後、各所にいる将兵たちが安全帯を固定した。


 合衆国軍機は<宵月>を追い抜くと、さらに旋回して戻ってきた。今度は正面から警告射撃を行うつもりらしい。


 発砲と同時に、<宵月>は警告に従った。ただし、彼女の行動は合衆国の期待を裏切るものとなった。


<宵月>は紅色に輝くと、一条の矢のようにパナマへ到達した。呆気にとられる合衆国軍機のパイロットとパナマ市民の前で、鳳凰のごとく彼女は降臨した。



 <大隅>の指揮所は船首にあった。もともと輸送船として設計されたものを無理やり軍艦に改装したため、異例的な配置になっている。視界が前方に限られているが、メリットもあった。室内が広いため、計器類などの機材や会議用のテーブルや長椅子を配置しても空間的に余裕があるのだ。


「あ……」


 矢澤中佐は小さくため息をつくと、双眼鏡から目を離した。つい先ほど、彼の網膜には高速でパナマへ駆けていく<宵月>の姿が映し出されていた。


 本当にやりやがったと内心で思い、黒幕へ目を向ける。


六反田が長椅子でふんぞり返っていた。


「<宵月>を止めなくてもよろしいのですか。間違いなく海軍省、それこそ井上大将からからお叱りを受けますよ」


「ここがロスやシアトルじゃなかったのを感謝しろと言ってやりたいね。百年越しの意趣返しだ。浦賀で合衆国あいつらも同じようなことをやっただろ。泰平の眠りを覚ます上喜撰ってやつさ。まあ、こっちは一隻いっぱいだけだが、度肝を抜くには十分だろう」


「無暗に敵を増やしただけでは?」


「莫迦を言え。国家に友人なんているか。味方は自分しかおらんのだ。いいか、外交は戦争より厄介だぞ。なにせ、交渉に宣戦布告はないからな。すまし顔で話しながら、テーブルの下で蹴り合うのが流儀だ。まずデビュー戦の先制は上手くいったが、向こうに着いてからが本番だぞ」


 六反田は愉し気に鼻歌を鳴らすと、口端を吊り上げ、ヤニに染まった歯をむき出しにした。


◇========◇

次回1月10日(日)に投稿予定


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弐進座

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