カリビアン・ロンド(Round dance) 5
【パナマ】
1946年初頭
パナマの港は、いつにもまして盛況であった。もうすぐパナマ条約の国際会議を控えていたため、各国から代表者が続々と集結していたからだ。
パナマ条約は、BMに対抗するため列強国同士で結ばれた軍事条約だった。1943年に締結され、条約によって発足した軍事同盟はパナマ条約機構と呼ばれた。初期の加盟国は日本、アメリカ合衆国、大英帝国および英連邦諸国だった。翌年の1944年にデーニッツ政権のドイツが準加盟国となった。
◇
ドイツが正式加盟にいたらなかったのは、英国首相のチャーチルが強烈に反対したからだった。かの大老は、ヒトラー亡き後もドイツを信用していなかった。ナチスが亡霊のごとく憑りついている限り、本質は変わらないと主張した。
英国のほかにも、ほぼ同時期に加盟した臨時ロシア政府も敵意をむき出しにした。当然である。彼らにしてみれば、祖国の大地を踏みにじった存在だ。
ドイツの参加に前向きだったのは、アメリカ合衆国だった。彼らはドイツのロケット技術に興味を示していた。それは後世に作られたように、宇宙を目指すためのものではなかった。合衆国はBMと魔獣に対する戦術兵器としてロケットの価値を認めていた。
日本は中立姿勢を示した。ドイツは元同盟国であり、一方的に条約破棄を突き付けた相手だった。後ろめたさがあったのかもしれないが、どちらかと言えば米英露の確執に巻き込まれたくなかったのが本音だった。
最終的に合衆国は英国を説き伏せ、ドイツの代表団をパナマに迎え入れた。ただし、条件付きではあった。欧州内に残留するユダヤ人の解放が条件だった。
意外なことにドイツは、さしたる反発もなく受け入れた。ただし、合衆国の想定とはいささか異なるかたちで実行された。ドイツは勢力圏内にいるユダヤ人を列車に詰め込むと、イタリアとバルカン経由でパレスチナに送った。
後の歴史書には「ヨーロッパ追放」と記載される出来事だった。
◇
不定期だが、パナマ条約機構は会議を行っていた。そこでは、対BM戦に向けた基本戦略について決定される。戦略と掲げると大げさに聞こえるが、要するに「世界のどこを守って、どこを攻めるか」示し合わせる会議だった。
条約機構発足前まで。世界各国が場当たり的にBMと魔獣に戦闘をしかけていた。それは列強国でも例外ではなかった。誰もが自国の火消しに必死になっていた。やがて戦線の整理に成功した日英米が共同戦線を構築し、それぞれが抱える戦線で戦力を融通しあうようになった。
1943年、パナマで最初の戦略会議が開かれ、主要3か国は、各戦線における戦闘方針を定めた。そして、それぞれを攻勢と守勢に分けて戦うことになった。人的資源はかぎられている。全ての戦線で魔獣に対する反攻作戦は展開できない。そこで守勢戦線から戦力を抽出し、攻勢戦線へ集積、準備が整ったところで、反攻に転じるようになったのだ。
43年ではインドシナと豪州のおける攻勢が決まり、北米大陸は守勢に回った。44年では北米大陸の攻勢が決定され、その手段としてエクリプス作戦と復活祭作戦が実行された。
そして46年が来た。
今回の会議では、基本戦略とともにパナマ条約改正が主題となるはずだった。中南米各国が、この小さな湾岸都市に集結したのも、後者の議題に関心を寄せていたからだ。彼らは条約機構への加盟を希望していた。新たな参加国を迎えるためには、条約の書き換えが必須だった。
条約改正を巡り、列強国の思惑は錯綜した。下手をすれば、この戦争の主導権を失う恐れがあるからだった。条約会議の加盟国が増えるということは、単純に議決権が増えることになる。これまで日英米間の利害調整で終わった話が、多数の国家を巻き込んで工作する必要が出てきた。
中南米の参加を拒否する選択もありえたが、現実的には困難だった。日英米ともに、南米から少なからず資源を輸入していたため、無下に断ることもできなかった。
結果的に、日英米は会議の数か月前からパナマに外交官や工作員を送り込み、中南米各国の取り込みに躍起になっていた。会議の転がり方次第では、不利な戦線に自分たちの軍が投入されるかもしれなかったからだ。
さらに影響力を誇示するため、パナマには列強国と中南米の国の戦闘艦艇が送り込まれた。さながら砲艦外交の見本市だった。
その意味において、魔導駆逐艦<宵月>のデモンストレーションは完全に効果的だった。
1946年2月2日、<宵月>はパナマ湾
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次回1月6日(水)に投稿予定
明けまして、おめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします。
弐進座
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