休息の終わり(Condition all green) 18:終

【小笠原沖】

 昭和二十一1946年一月十八日


 蒼天の下に、紺碧の海が広がっている。


 比較的赤道に近いとはいえ、小笠原沖の風は未だに冷たかった。


 戦隊が抜錨してから、半日ほど経過したころ、電探に反射波ありの報告を受けた。最新装備のPPIスコープに映った光点は一つだった。


 初めは、友軍機かと思われた。太平洋側、それもこんな日本の近海まで、魔獣が出張ってこられるはずがない。スコープ上でも規則的な軌道を描いている。


 しかし見張員からの報告で一変した。彼の高倍率双眼鏡には、翼の生えた姿が映し出されていた。


「北北西に飛竜一頭を認む」


 にわかに艦橋が騒がしくなる。たかだか一頭の飛竜だが、太平洋側に現れたとなると由々しき事態だった。竜種は強力だが、航続距離の短い飛行型魔獣だ。近場にBMがなければ、広大な大洋で活動するなどできない。つまり奴らがここにいるということは、近くにBMが出現したことを意味する。


 ついに森下信衛もりしたのぶえ少将は、防空指揮所へ上った。


「おい、ちょっと俺にも見せてくれ」


 すぐに傍にいた下士官から双眼鏡を借りる。彼は、この戦隊の指揮官だった。部隊は戦艦3隻を主力に、補助艦艇含めて10隻ほどで構成されている。


「ああ、あれか」


 森下の双眼鏡が、ようやく飛竜を捉えた時、再び電探から「反射波あり」の報告が上がってきた。続いて、外周の友軍艦艇から今度は友軍機だと知らされる。<烈風>らしい。迎撃に来たのだろうか。


 飛竜が向きを変えたのは、そのときだった。それまで距離をとっていたが、戦隊へ向けて急接近してきた。


「対空戦闘用意」


 下の昼戦艦橋では艦長が指示を出していた。ハリネズミのごとく装備された数十門の機銃と高角砲が仰角を上げる。ほんの数分も過ぎれば、あたり一面が弾幕で覆いつくされるだろう。森下は、すぐに昼戦艦橋へ降りた。そこが本来、彼がいるべき場所だ。


「艦長、少し待て。どうも様子がおかしい」


 森下の予感は思わぬかたちで的中した。飛竜よりも先に、友軍機が突っ込んできたのだ。


 このまま敵獣もろとも、友軍機を撃ってしまう。各艦で「射撃待て」の怒鳴り声が響いた。


 その<烈風>は、飛竜の針路を塞ぐと、激しく主翼をバンクさせた。何かを訴えているようだが、さっぱりわからなかった。すると不思議なことに、飛竜は<烈風>の後を追って、針路を変えた。


 やがて、飛竜は<烈風>とともに遠ざかっていった。


「いったい、何だったのでしょうか」


 参謀の一人が首をかしげる。


 森下は帽子をあみだにかぶり直すと、険しい顔で煙草を取り出した。


「わからん。どこの莫迦か知らんが、人騒がせな奴だ。聯合艦隊司令部柱島に報告しておいてくれ。もしBMが現れたのなら、俺たちで叩きに行くぞ。こいつの砲を試すには絶好の機会だろう」


 三連装の主砲を見ながら、森下は言った。



「莫迦野郎! いきなり突っ込むやつがいるか!」


 <烈風>の操縦席で、戸張大尉は怒鳴った。


 怒鳴られた相手は、そ知らぬ顔をして後方を飛んでいた。無視しているわけではなく、何を言っているのか理解できなかったのだ。ただ、なんとなく不機嫌らしいことは伝わったので、ひと鳴きして応えた。


 今朝がた、戸張は飛竜のシロと試験飛行を行ったところだった。初めは順調だった。彼の指示通りにシロは飛行し、ぴったり後をついてきた。


 しかし、不運なことにシロは途中で何かを見つけたらしい。竜種の中でもシロは好奇心の強い性質だった。たちまち予定針路を外れ、友軍艦隊の方へ突っ込んでいったのだ。


 間一髪で戸張が追いつき、事なきをえたが、一歩間違えれば蜂の巣にされていた。


「ああ畜生め、こいつは始末書じゃすまねえぞ。下手したら降格もんだ。わかってんのか」


 あきらめの境地でボヤく戸張は、遭遇した友軍艦隊について思い返した。


 やたらとドデカい戦艦が三隻も連なっていた。


 見たこともない艦だ。


 あんなもん、どこに隠していやがったんだ。



 <大隅>の艦橋ではひと悶着起きていた。


 シロが起こした騒動について、聯合艦隊GF長官直々に責任者へ詰問が届いていたのだ。


 電文を受けとった当人は飄々としていた。


「そのどこぞの竜を俺たちに押し付けたのは、どこぞの誰だったか聞いてやれ」


 六反田少将は椅子にふんぞり返った。


「本気ですか」


 矢澤中佐は正気を疑う目だった。


「お叱りは帰ったら受けてやるさ。時間がないんだ。儀堂君にも、気にせず予定通りと伝えろ」


 六反田はそういうと、軍帽を顔にかぶせ、いびきを立て始めた。



 危うく「艦長」と言いかけ、興津中尉は改めた。


「司令、六反田閣下からご命令です」


 儀堂衛士は奇妙な感覚に囚われていた。着なれない服を着こんでいるような気分だ。


 三十を前にして、一部隊の指揮官になるとは思わなかった。


 少佐にして艦長職すら例外なのだ。たかだか駆逐艦と輸送船空母の二隻にしろ、小艦隊の指揮官には違いなかった。本来ならば、大佐クラスが就くべき役職だった。


 海軍大学で儀堂は新たな辞令を受けとり、儀堂は第十三独立支隊の司令官を拝命した。


 六反田の根回しが済むまで司令職は空席だったが、全ての段取りがそろったところで儀堂にお鉢が回されたのだ。以降、儀堂は<宵月>の艦長と独立支隊の司令を兼任することになった。


 複雑な気分だった。昇格と捉えられないこともないが、同時に責任が増したことになる。揺れ動く感情の天秤は、やがて喜びに傾いた。要するに魔獣をぶち殺す手段が増えたわけだ。ならば喜ぶべきだろう。


『ギドー、シロと貴様の同胞はらからが戻ってきたぞ』


 耳当てレシーバーをネシスの声が震わした。


 戸張とシロが戻ってきたらしい。


「わかった」


 着艦が済んだのを見届けると、喉元に手を当てた。口喉式マイクのスイッチを入れ、マイクを隊内電話に繋ぐ。


「司令の儀堂だ。これより我が部隊はパナマ経由でカリブ海を目指す。全艦、針路東方へ」


 第十三独立支隊の目標、パナマは国際会議を控えていた。


 そこでは各国の思惑が渦巻き、策謀の輪舞が繰り広げられている。


◇========◇

※2021年6月23日追記

書籍化に向けて動きます。

まだ確定ではありませんので、

実現できるように応援のほどお願いいたします。

(主に作者と作品の寿命が延びます)


詳細につきましては、作者のTwitter(弐進座)

もしくは、活動報告(2021年6月23日)を

ご参照いただけますと幸いです。


ここまで読んでいただき、有り難うございます。

引き続き、よろしくお願いいたします。

弐進座

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