休息の終わり(Condition all green) 13
ハウザーにとって、初めから腑に落ちないことが多すぎた。
作戦の開始時期、編成、そして目標。
全てが気に入らなかった。
何よりも、本当の目的を聞かされていない。
事前にレニンBMの動向観察と周辺地域の確保と知らされていたが、とてもではないが納得できなかった。
参謀教育こそ受けていなかったが、現場指揮官としての経験がハウザーに警鐘を鳴らした。
動向観察ならば引き連れている兵隊の数が多すぎる。ナルバを策源地として、大隊規模の装甲擲弾兵を交代で進出させた方が効率的だ。そして周辺地域の確保には、圧倒的に火力が足りない。レニンBM周辺は大型魔獣の庭となっているはずだ。だいたい、天候が不安定な冬季を選ぶ理由が見当たらない。航空偵察もできない状況で、敵地へ陸上部隊を投入するメリットも思いつかなかった。
誤魔化すにしろ、もう少しマシな理由があるだろうに。
きっと禄でもない裏があるのだろう。
彼が危険を冒して武装親衛隊の無線傍受を命じたのは、そんな確信があったからだ。
「いったい何の用で、こんなところへ出張ろうとしているんだ?」
ヘッドホン越しに会話を盗み聞きしながら、ハウザーは思案した。拾い上げる単語のいくつかが符丁化されている。
"フラガーよりゲルベへ。天文台の状況報せ"
"こちらゲルベ。先行部隊より脅威の報告はなし"
フラガーもゲルベも武装親衛隊の部隊符丁だ。『天文台』の意味は知らないが、恐らくどこか特定の場所だろう。
レニンBM周辺に高台らしきものはなかったはずだ。
「シュニッツァー、SSの部隊は幹線道路沿いに進んでいたな」
「そのはずです。ベクニツィとかいう集落を目指しています」
「そこが連中のいう天文台か」
ハウザーは地図を取り出すと、ベクニツィの位置を確認した。何の特徴もない地域に見えた。あえて気になる点があるとすれば、他の部隊よりも東方に突出している点くらいだ。ベクニツィはレニンBMから70キロしか離れていない。
今回の作戦では、3方向に分かれて進撃していた。レニンBMへ続く幹線道路を武装親衛隊が確保し、その南北を陸軍が制圧していく。ハウザーの部隊は幹線道路の南側を担当していた。
「何がある?」
意味もなく突っ走っていくような連中ではないはずだ。再度、無線に耳を澄ます。
"了解。周辺地域を確保次第、モーゲンシュタインのレンズを届ける"
今度こそ、さっぱりわからなかった。
「天文台に
「補給中隊から聞いた話ですが──」
シュニッツァーが振り向いた。どうやら訳知りのようだ。
「見慣れない車両をみたそうです。SSの部隊が厳重に警備していたとか」
「どんなやつだ?」
「デカい車です。牽引式のトレーラータイプで中身はわかりません」
「なるほど、そいつがモーゲンシュタインのレンズかもしれん」
ハウザーの耳元が急に騒がしくなった。
『ホルツ
麾下の小隊からだ。声のトーンから、何事かすぐに察した。
「ホルツ2、どうした」
『敵獣の一群が、こちらへ向かって来ています。トロールとゴブリンの混合群体。ゴツい中隊規模です』
「わかった。増援を送る。俺も行くから、それまで持ちこたえろ」
『
ハウザーは運転手へ転進を命じた。
半装軌車のSd.Kfz250/3.が道を外れ、白い低木林へ入っていく。その動きに合わせて、ハウザー直下のⅣ号戦車が付いていった。小隊間の無線をONにしていたので、命令を下す前に各車とも動いていたのだ。
「シュニッツァー、ホームズごっこはここまでだな」
速度を上げ、揺れる車内の中でハウザーは座り直した。寒さと固い椅子のせいで、持病の腰痛が悪化しそうだ。やはり戦車がいい。
「私はドイルよりポーのほうが好きなんですがね」
シュニッツァーは大隊本部に周波数を合わせていた。
「古風だな。俺もモルグ街の殺人は
「過去形ですか」
「ああ、残念ながらな。あのオチは、今じゃ通じないだろう。何せ化け物がフィクションじゃなくなっちまったんだから」
ハウザーは概況を大隊本部に報告すると、戦闘準備を命じた。
【ベルリン ヴィルヘルム通り】
1945年12月26日
ベルリン市内では号外が配られ、BBCが世界的ニュースとしてハワイ奪還を伝えていた。現地時間にして、12月25日に発表されたことから『クリスマスの奇跡』と題されている。
ロサンゼルスやロンドンは連日お祭り騒ぎだったが、ベルリンは平時と変わるぬ雰囲気だった。はっきりと言ってしまえば、どこか遠くで起きた奇跡などドイツ人にとってはどうでも良かった。彼らの関心は東欧や地中海沿岸のBMへ向けられている。
ヴィルヘルム通りも例によって人影はまばらだった。官公庁街なため、用事のある市民は限られているのだ。その中でもプリンツ・アルブレヒト宮殿は不必要に立ち寄るべき場所ではなかった。
そこは
宮殿の一室では、BBCの放送が流されていた。ハワイ奪還を祝い、英国首相チャーチルがスピーチで連合軍の成果を称えていた。敢闘精神あふれる叙情的な内容だが、人によっては冗長に思えるだろう。
「ハレルヤ、ハレルヤ」
冗談めかしていうと、ラインハルト・ハイドリヒは卓上ラジオのスイッチを切った。総統代行である彼だが、執務は総統官邸ではなく国家保安本部で行っている。保安本部の長官を兼任していたこともあり、そのほうが指示を出しやすかったのだ。それに、保安本部ならば秘匿回線を自由に使うことができる。総統官邸に同様の機能を搭載するつもりだが、それまでは引き続き居城として利用するつもりだ。
「私の名前で、トミーとヤンキーに花束を贈ってやろうか」
唐突に話を振られ、ヴァルター・シュレンベルク大佐は返答に窮した。どこまで冗談なのかわからなかった。異端審問にかけられた心境だ。
「祝電ぐらいは送ってもよろしいかと」
ハイドリヒは鼻で笑った。つまらない男と思われたかもしれないが、不興を買うよりは救いがある。
「すでに手配済みさ。あの商人にも仕事をやらんとな」
商人とは外務大臣のヨアヒム・フォン・リッベントロップのことだ。二次大戦前にシャンパンの輸出業を営んだいため、揶揄されている。
BM出現後、外務省は活躍の場を失い、著しく評判を落とした。そもそもBMにしろ魔獣にしろ、交渉不可能な相手だった。加えて、日本の枢軸離脱とイタリアの中立化を防げなかったことで、余計に立場を悪くした。
「君にも仕事がある。そのために東欧から呼び戻した」
少し前まで、シュレンベルクの部隊はルーマニアに潜入していた。現地の反乱分子の動向を探るためだ。親衛隊にとって最優先の任務だったが、それを中断して呼び戻すとは余程のことだった。
シュレンベルクは喉の渇きを覚えたが、出されたコーヒーに口はつけなかった。いつぞや些細な疑いが原因で、ハイドリヒに毒を盛られたことがあったのだ。そのときは九死に一生を得たが、二度と御免だった。
「
意外な名称を出され、シュレンベルクは僅かに眉をひそめた。彼はレニンBMで何が起きたか知っていた。
「スルトは問題なく完遂したのでは?」
「その通りだ。同時に副産物もあった」
ハイドリヒは一枚の写真を取り出すと、机の上をシュレンベルクまで滑らせた。
「君が知らない戦果だ」
シュレンベルクは写真を手にした。
「これは、まさか──」
「そいつの使い方について検討しろ。
「わかりました」
退出しかけたシュレンベルクだが、ふと気になり立ち止まった。
「ひとつよろしいでしょうか」
「なんだ」
「レニンBMの件ですが、いつ公表するのでしょう? いずれ各国も気づくかと」
シュレンベルクは背筋を凍らせた。ハイドリヒが微笑んだのだ。自身の軽率さを呪ったが、ハイドリヒは上機嫌だった。
「ヴァルター、私は人を驚かすのが好きだ。世界の節目の日に、真実を明かそうと思う」
「承知しました。失礼します」
右手を斜めに掲げ、シュレンベルクは退出した。
◇========◇
次回12月2日(水)に投稿予定 ※夕方になります
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弐進座
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