休息の終わり(Condition all green) 12

【レニンBM 西方120キロ】

 1945年12月22日 早朝


 初日は比較的順調だった。ナルバを出発したドイツ軍は、半日かけて30キロほど東進していた。平時に比べると微々たる距離に見えるが、現況のロシアでは良好なペースだった。


 4年前と違い、ドイツ人はロシアの冬を嫌というほど知り尽くしていた。氷点下で膝上まで雪に埋まり、降雪により視界は常に不良、いつ現れるともわからない魔獣。これらの障害が常に付きまとう大地である。


 各部隊に防寒装備は行き渡り、車両のエンジンには不凍液が充填されている。道路が凍結していたが、車両の走行にも支障はない。凍傷になった兵士もわずかだ。


 問題は二日目から徐々に顕在化しだした。レニンBMに近づくにつれて、魔獣の群れと頻繁に遭遇するようになったのだ。さらに追い打ちをかけるように天候が悪化した。ホワイトアウトとまではいかないが、吹雪の密度が増していく。


 白銀の嵐を鋼鉄の獣たちが這っていく。ハウザーの装甲中隊だった。彼らは威力偵察の途中だった。後方では、味方の主力が控えている。レニンBMに近づいたため、露払いを仰せつかったのだ。


「ああ、これだ。これだ」


 灰色に閉ざされた空を見ながら、ハウザーは忌々しさを込めて呟いた。数年前の記憶がよみがえる。


 1941年12月、ハウザーはモスクワ前面にいた。目前には非常招集されたロシア人の新兵が雲霞のように迫っていた。大半は数週間前まで民間人で、まともな訓練は受けていない。それどころか満足に銃すら与えられていなかった。無感動にハウザーは一瞥し、Ⅳ号戦車から榴弾を叩き込んだ。そこから車載機関銃で一掃を命じた。


 同胞がいくらなぎ倒されても、ロシア人たちは引き下がらなかった。そのようなことをすればボリシェヴィキの政治将校から粛清されるからだ。死に駆り立てられたロシア人たちは、幽鬼のようにドイツ軍へ群がっていった。


 モスクワにBM出現後は戦死者は屍鬼グールになり、敵味方関係なく喰いつくした。誰にとっても救いのない状況だった。


 あれから4年、世界は一変したが、ロシアの空は変わらなかった。ここだけ時間から取り残されたような気分になる。


 Sd.Kfzライヒタァシュツェン250/3.パンツァーワーゲンの車体には屋根代わりの天幕がかぶせられている。降雪は防げても、隙間から容赦なく寒風が吹き込んできた。


 ハウザーの前面では、シュニッツァー伍長が通信機を操作している。モスクワ戦から引き連れている下士官で、ハウザーと同い年の三十半ばだった。戦前は電気技師をしていたらしく、機械に強く、何かと重宝していた。ハウザーは戦車を降りた後も、シュニッツァーを副官代わりに指揮車両の通信士に据えている。


 いくつか人格的な欠点はあったが、ハウザーは野戦指揮官として優れていた。彼はある種の兆候に良く気が付いた。そのおかげで、これまで壊滅せずに部隊を率いてこれた。今回も例にもれなかった。


 シュニッツァーの動きが止まった。無線機の周波数チャンネル調整つまみに手が置かれている。どうやら当たりを引いたらしい。ハウザーは肩を軽く叩いた。


「何かわかったか」


 上官に対し、シュニッツァーは人差し指を向けた。


「静かに。もう少しです」


 ハウザーは怒らなかった。今のは自身が邪魔したのだ。せっかちなのが、彼の欠点の一つだった。


「ああ、来ました。そちらに繋ぎます」


 シュニッツァーはハウザーのヘッドホンへ無線機の回線をつないだ。


 途切れがちだが、電子信号に変換された声が聞こえた。


 彼は部下に命じて、武装親衛隊の通信を傍受させていた。


◇========◇

次回11月29日(日)に投稿予定

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弐進座

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