休息の終わり(Condition all green) 4

「早いな、ネシス」


 儀堂はスピーカーへ向けて、話しかけた。


「どうだ、そちらの居心地は?」


 電路越しに、喉を鳴らすような笑い声が伝わってくる。ご機嫌らしい。


『悪くない。前のは、ちと大きかったからな。今回のは、妾にぴったりじゃ』


 <宵月>の改装に合わせて、魔導機メイガスも一新された。以前の魔導機よりもコンパクトかつ頑強になり、被弾時の生存性も増している。何よりも<宵月>の装備された各種装備との連動が強化されていた。


『それで、この戦船いくさぶねの出陣はいつじゃ?』


「未定だ。だが、そう遠くはないから安心しろ。俺も、こいつの性能を確かめたいからな」


 儀堂の目前には、長方形の大きな板が立てかけられていた。黒板のように、チョークで直接書き込むことができる仕様だった。


 板には、いくつかの電光掲示板とチェスの駒のようなものも付属している。駒は数種類あり、それぞれが記号化されていた。具体的には魔獣のタイプ、各国の標識および艦種、機種が類別されている。<宵月>改装にともなって、新たに導入した戦況表示盤シチュエーションボードだった。


 磁石を張り付けることができ、状況に合わせて、海図を切り替えることができた。この盤に戦況を反映させることで、より視覚的にわかることができそうだった。


 戦況表示盤の周辺は、電測や聴音装備の制御機器で埋め尽くされている。それぞれに操作員用の席があり、観測したデータが集約できるようになっていた。各データは、この戦闘指揮所に集約され、戦況表示盤へ反映、兵装の操作員へ伝えることが可能となった。



 この戦闘指揮所も、儀堂の要望で追加された装備のひとつだった。


 北太平洋でオアフBMと交戦した経験から、儀堂は情報処理能力の限界を感じていた。


 あのとき、オアフBMから生み出されたワイバーンの数は数百を超えていた。対して、迎撃した第三航空艦隊の戦力は、二百余りの艦上機と十数隻の護衛艦艇である。とてもではないが、従来通りの対空指揮では飽和する。


 同様の事例が、北太平洋だけではなく地中海やインドシナでも報告されている。いずれも近海にBMが出現、無尽蔵の魔獣による攻勢を受けた場合だった。


 エクリプス作戦でも局地的に発生していた。投入された航空戦力が桁違いだったので、目立つような損害はない。しかし連合国司令部、特に合衆国軍は航空優勢を魔獣に奪われるのではないかと常に恐れていた。ゆえに、過剰なまでの近接航空支援を行ったのである。


 オアフBMとの戦いは、結果的には日本側の勝利に終わった。しかし、それは<宵月>ネシスという切り札を前提にしなければならない。もし<宵月>がいなければ、船団は壊滅しただろう。


 <宵月>が、常に台風の目でいられるわけではない。シカゴの戦いのように、ネシスに異常が生じれば、ただの駆逐艦にすぎなくなってしまう。ネシスとて、常に魔導を行使できるわけではないのだ。特に<宵月>を持ち上げている・・・・・・・間は、体力を消耗する。


 儀堂が、戦闘指揮所の導入を決めたのはネシスの負担を軽減し、戦闘時の依存度をさげるためだった。ネシスと魔導機関の能力は絶大だった。数千トンの鉄塊を飛行させ、同時に数百の目標を補足、並列して迎撃可能だ。ネシスと魔導機関が健在である限り、<宵月>が撃沈されることはないだろう。


 しかし、逆説的に言うならば、ネシスなしでは<宵月>は成り立たないことになってしまう。ネシスと言うアキレス腱を切られた場合、<宵月>はたちまち危機に陥いる。儀堂にとって、それは欠陥に等しい。


 彼からすれば、特定の存在への依存は盲目的な信仰である。狂信者では、まともな軍事行動はできない。いかなる事態においても、儀堂は戦い、生き残る決心をしていた。生き残らなければ、魔獣をぶち殺すことはできない。そのために彼はネシスへの依存を避け、代替的な機能バックアップを確保する必要があった。その答えが、戦闘指揮所だった。


 幸いなことに、<宵月>は実験艦扱いだったため、新装備の導入はスムーズに進められた。聯合艦隊ではなく、月読機関の管轄下にあったことで更なる後押しが入った。彼の上官たる六反田も積極的だった。初めに、儀堂が案を打ち明けた時、六反田は悪だくみを聞かされたような顔つきになった。かの上官も同様の危機感を抱いていたらしい。


 もっとも、六反田は儀堂より深く広い視野から改装を承認していた。合衆国も同様のシステムを導入し始めたと聞いていたのだ。彼は<宵月>を前例として、全艦隊へ戦闘指揮所を導入させるつもりだった。


 六反田の解釈では、ネシス同様に日本は合衆国に依存している。自明すぎて、誰も声高に指摘しないが、戦前から依存度は変わらない。それどころかますます緊密になっている。


 問題はBM戦後である。合衆国にとって日本が不要となったとき、技術的にも資源的にも独立を迫られることになる。下手をすると、戦前のように経済制裁を食らって、再度真珠湾を奇襲する羽目になりかねなかった。その場合、成功は望み薄だろう。


 六反田は、合衆国との関係が途切れる前に、新技術の導入事例を作ってしまうつもりだった。儀堂が<宵月>で成果を上げれば、自ずと海軍は月読機関を無視できなくなる。ことに戦局がひっ迫しているのならば、なおさらだ。


 いつまでも合衆国の見よう見まねができるわけではない。いい加減に組織として固定観念を刷新する仕組みを持たねば、あらゆる分野で日本は戦後の国際競争から取り残されるだろう。六反田は月読機関を先兵として、硬直した官僚組織と制度を徹底的に叩き潰すつもりだった。



 活躍の機会がお預けと知り、ネシスは不満そうに鼻を鳴らした。


『なんじゃ。BMや魔獣どもならば、そこかしこにおるだろう』


 儀堂は苦笑した。わからなくもない。彼とて、なろうことなら出撃したい心境だった。


「全くその通り。だが、物事には手続きがあるのだ。それに言っただろう。そう遠くないと」


 興津が察したような顔で、進み出た。


「心当たりがあるのですか」


「確証はないが、行くとしたら一つだと思う」


「北米ですか」


「いいや、少しだな。合衆国であることは確かだが──」


 儀堂の視線は海図の一点に注がれていた。


 そこには中米唯一の合衆国領があった。


◇========◇

次回11月1日(日)に投稿予定

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弐進座

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