休息の終わり(Condition all green) 3
6千トンとは<宵月>の公試排水量のことである。
駆逐艦としては破格の大きさだった。<宵月>の基本設計のモデルとなった<秋月>型が、せいぜい3千トンそこそこであるから、いかに異様であるかうかがい知れる。条約型軽巡の<川内>型すら、6千トンに届いていないのだ。
もともと<宵月>は、月読機関が建造計画を発案したものである。
月読機関は、ネシスが覚醒する前から魔導の研究を行っていた。最初の目標として掲げられたのは、魔導の軍事利用だった。<宵月>は、その成果のひとつだ。
創設当初より、月読機関は軍の内外から圧力を受けてきた。まず、正体を知らないものにとっては得体の知れない組織であり、知るものにとって怪しげな研究を行うカルト集団にしか見えなかった。この点は、独逸のアーネンエルベに通じるものがある。異なるのは、機関長が海軍きっての現実主義者だったところだ。
もともと六反田は、オカルト的な分野や業種に懐疑的な人間である。彼の祖母が、その手の分野に通じていたため、いわゆる内情と言うものを熟知していたのだ。祖母は高名な占い師だったが、実際に行ってきたのは、深い洞察と話術による心理戦だった。占いはあくまでも演出にすぎず、相手から情報を引き出したうえで、いかにも見抜いたかのように話してみせるのだ。
ゆえに宮内省から魔導の存在を知らされた時、六反田の反応はまったく淡白なものだった。ある意味において、彼は国の行く末を憂慮すらした。国家ぐるみで神頼みとは、なんたることかと。
しかし、ネシスや御調少尉の魔導をみるにつけて、六反田は認識を改めた。確かに彼は現実主義者だが、固定観念の制約を受けていなかった。「在るものは、在るんだから仕方がない」と、素直に受け入れた。だいたい、BMや魔獣など自分たちが戦っている相手の方がはるかに現実離れしているのだ。
機関長になった六反田は、魔導研究と敵情分析が不可欠だと考えていた。特に後者について、月読機関創設前から危機感を抱いていた。あまりにも人類は敵に対して無知すぎる。これでは勝ちようがない。そして機関が掲げた目標とは別に、彼個人にも目的あった。戦争の終結である。彼は、まず実績を示す必要があった。何もしなければ、ただの金食い虫として潰されてしまう。
そのために、月読機関は
六反田にとって、<宵月>の建造は是が非でも越えなければならない最初の関門だった。<宵月>が実現しなければ、月読機関は抽象的な存在にとどまってしまうだろう。
不幸中の幸いと言うべきか、日本は戦争していた。戦時においてあらゆる資源が、戦争活動に投入される。六反田は予算や資材をかすめとりながら、着々と計画を進めた。
まずは実験艦として、1千トン程度の艦としてぶち上げた。海防艦クラスならば、話が通りやすいと踏んだのだ。この読みは当たった。海軍省と軍令部は、計画の検討を正式に許可した。ここから徐々に六反田は計画を拡大化させていった。
いつの間にか、<秋月>型駆逐艦を基本設計とすることになり、そこに魔導機関の実験区画が追加され、さらに
結果的に条約型軽巡5千5百トンを、やや下回る船体が必要とわかった。
それから数か月後、<秋月>によく似た軽巡クラスの駆逐艦が建造されることとなった。
儀堂は艦橋最上部に上った。
「少々、見通しが悪くなったね」
そこはかつて露天艦橋として、儀堂の定位置だったところだ。艦橋と言っても、吹き曝しに申し訳程度の鉄柵がついたような場所だった。そこで、儀堂はオアフBMやシカゴBMとの戦いを指揮した。
敵の攻撃に身をさらす危険があったが、もっぱら儀堂は指揮を執り続けた。ヒロイズムを信望していたわけだはない。開けた視界に適度な高度。最も状況を把握できる場所だったからだ。加えて、<宵月>程度の艦ならば、当たり所が悪ければ、どこにいても死ぬ。ならば多少の危険を冒しても、状況把握を優先した方がよい。そのほうが、結果的に生存確率を増やすことになる。
今や、露天艦橋は無くなり、防空指揮兼見張り所として生まれ変わった。高精度の大望遠鏡が備え付けられ、防弾ガラスと圧延鉄鋼の壁で守られている。
「一応、さらに上の測距儀があります。そこならば多少は視界も──」
さぐるように興津がうかがう。上官の右眼は眼帯で隠れ、表情は読み取れなかった。
「いや、さすがにそこで指揮は取らないよ。だいたい、オレがそこにいたら兵の邪魔だ。狭いからな」
興津は内心で胸を撫でおろした。シカゴのときのように、敵弾を食らって半死の上官を運び出す体験は二度とごめんだった。
二人は露天艦橋を出ると、艦の中央部へ向かった。
「可能ならば、機関部も入れ替えておきたかったですね」
興津は何の気なしに、話をふった。
「艦橋部分を拡張と一緒に船体のバルジを増強してしまいましたから、多少は足が落ちるかもしれません」
<宵月>は指揮通信機能を強化するために、艦橋部分の拡張を行った。具体的には新型の電探と電測機、高射装置、通信機器などをてんこ盛りにした。そのままでは船体の重心が高くなり、横揺れの復元に不安が生じる。このトップヘビー状態を解消するため、船腹部分に新たな水密区画を追加し、重心を下げたのだ。
結果的に<宵月>の装甲防御は強化されたが、出力不足は否めなくなった。最速の33ノットを出せたとしても、以前よりは時間はかかるだろう。
「止むをえないさ。むしろ俺は、その程度で収まればいいと思っている。まあ、いざとなったら
扉を開けると、儀堂は新たに設けられた区画へ入った。
改装図では、戦闘指揮所と表記されている。
『遅いぞ、ギドー」
入室早々、不満げな少女の声が室内に響いた。
◇========◇
次回10月25日(日)に投稿予定
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弐進座
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