休息の終わり(Condition all green) 2

「まあ、山本さん(軍令部総長)や井上さん(海軍大臣)に空母をくれと言っても、もらえんだろうからな。自前で用意するしかなかろう。誠に幸いなことに、軍内はオアフの話で持ち切りだ。こちらにかかずらわっている暇人はおらん」


 六反田は心底嬉しそうに笑い、矢澤は苦笑いを浮かべた。


「復活祭作戦は順調のようで。あれだけの大兵力を島嶼部に投入すれば、いかようにでもなるでしょうが」


「成功してもらわんと困るのさ。エクリプス作戦の成果が芳しくなかったからな。合衆国としても、ここら辺で景気づけを行わないと、戦意が持たん。最近またぞろ、共生論者が頭をもたげているらしいからな」


 共生論者は魔獣との共生を主張する連中のことだった。端的に言い切るのならば、講和派である。彼らは戦いを止めて、東側にいる魔獣と共存しようと主張していた。彼らの論調は、長引く戦争で疲弊した合衆国の一部で支持されつつあった。決して主流ではないが、無視できない影響力を持つ政財界の名士が論陣を張っていた。


「心情的に理解はします。あれだけ広大な国土の半数を取り返すのは、骨の折れる事業ですから。ただ、現実的に可能かと言えば──」


「否定はせん。疲弊しているのは事実だからな。だからこそ、エクリプスの失敗は痛手だった。もっとも疲弊は合衆国だけの話ではない。我が国、いや人類側の全般に言えることだ」


 六反田は立ち上がると、急須から茶を注いで戻ってきた。眠気覚ましに一口つけると、わずかに顔をしかめる。渋くなっていた。


「実際のところ、出口が見えなくなっていることは確かだ。誰も口にはしないが、この戦争は絶滅戦争だぞ。どちらかが完全に倒れ、淘汰するまでやるだろう。こんな戦争、近代以降の人類は経験したことがない。中世以前でもポエニ戦争のローマとカルタゴ、レコンキスタのスペインとイスラム教徒くらいか。いずれにしろ片方が一人残らず地上から消え去るまでやる戦争は、誰も想定したことがない。ああ、まてよ。海洋の魔獣もいるな。ともかく地球上から、奴らを消し去る方法は見つかっておらん」


「果たして、この戦争終わるのでしょうか」


 矢澤は自身の心が急激に冷めていくのを感じた。どこからともなく無尽蔵に現れる敵を相手にしているのだ。それに対して、人類側の資源には限りがある。仮にこのまま推移した場合、終わり方は人類側が望むようなものではないだろう。


「終わらせるのさ」


 六反田は口端を最大限まで曲げた。


「そのための月読機関だ。いいかね、矢澤君。勘違いするな。我々の戦争は始まったばかりだ。ようやく、ようやくだ。矢澤君、俺たちはちゃんとした戦争ができるんだよ。俺が、この機関をつくったのはそのためだ。北米での魔獣駆除には飽きた」


 六反田は吐き捨てるように言い切った。あまりの勢いに矢澤から暗澹とした気分が消えたが、代わりに上官の正気を疑いたくなってきた。いや、ある意味では、これが正常なのかもしれない。


「矢澤君、今まで俺たちに欠けていたものはなんだ」


 矢澤は一秒ほどで答えを出した。


「情報です。全般的に不足していました。我々は目の前の脅威を解明できても、意図や仕組みはわかりません」


「当たっているが、もっと的を絞れ。基本的なことだ。戦争に必要なことだぞ。言っておくが、戦争に限らず、子作りと同じく人間が普遍的に必要とするものだよ」


 矢澤は吹き出しかけて、ようやく六反田の言わんとすることを理解した。


「つまりは、その相手ですか」


 六反田は口端を曲げたまま、うなずいた。


「ネシスの嬢ちゃんのおかげで、魔獣の背後には意思をもった存在がいるとわかった。光の民だか、どこの莫迦たれか知らんが、あの黒玉BMを送り込んだ連中を引きずり出してやる。政府も腹をくくった。陛下の御前で、米内さんが閣議決定したそうだ」


 矢澤は大きく目を見開いた。


「何が起きるんです」


「我々はパナマ条約会議で、これまで得た情報を公表する。光の民ラクサリアンとBMの内部情報、いっさい合切をぶちまけてやるんだよ。俺たちの敵が誰か・・、全世界が知ることになるだろうよ。さあ、全人類の憎悪と敵意を向けられるのはどんな気分なのだろうな。想像するだに、たまらんね」


 六反田は大笑すると、体を大きく震わせた。



【横須賀 海軍工廠 乾船渠ドック

 昭和二十1945年十一月二十日 午後


 <宵月>の改装が終わったのは、昨日のことだ。


 現場の造船技官から報告を受けた後、儀堂少佐は差し入れで数本の一升瓶と干物と菓子を作業員たちに送り届けた。意外なことかもしれないが、この手の気づかいについて儀堂は必須であると考えていた。


 一夜明けて、改めて儀堂は<宵月>へ乗艦した。甲板に足を下ろしたとき、まず鼻腔に塗料の臭気が満たされた。化粧を終えた艦が放つ、特有の香りだ。


 久しく訪れた<宵月>の艦橋は、以前よりも手広く、そして小綺麗になっていた。北太平洋と北米の激戦で手ひどく傷ついたはずだが、今でも見る影もない。


 傍らにいる興津中尉も同様の感想を抱いたらしい。


「処女航海前と言っても、騙せそうですね」


 嬉々とした感情が漏れていた。


「全くだよ。早く、こいつで海に出たいものだ」


 儀堂は艦内配置図を目を凝らした。彼の希望の大半が反映されていた。まさに海軍軍人の本懐、夢の御殿がそこに描かれている。


 今年の初め、艤装に当たった時とは状況は全く違う。


 横須賀で戦艦<アリゾナ>の亡霊と死闘を演じ、そのあと突貫で修理を終わらせた時だ。あのときは、<宵月>に着任したばかりで碌な検討期間もなかった。


 数か月前、北米から戻った後、儀堂は<宵月>の戦闘詳報とともに改装要望を提出していた。それは、飛躍的に進化する魔獣とBM、そして月獣と言う新たな脅威に対抗するためだ。


 彼の上官は期待を裏切らなかった。


 提出から数日後、<宵月>の改装が決まり、儀堂が艤装を担当することになった。


「それにしても、ついに6千トンの大台に乗りましたね」


 興津が小声で儀堂へ言った。


◇========◇

次回10月18日(日)に投稿予定

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弐進座

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