復活祭(Easter) 20

【ワイナイエ山中】


 洞窟内でジョセフは集束手榴弾を手にしていた。


 集束手榴弾は、文字通り複数の手榴弾を束ねたものだ。ジョセフは木の枝を軸に、残りの手榴弾を巻き付けていた。


 目前では餓鬼ゴブリンどもがフェンスを破りつつあった。あと数分も持たないだろう。


 フェンスを突破された瞬間、集束手榴弾を投げつけるつもりだった。


 ほんのわずかだが隙ができる。その間に、突破する算段だ。


「シェリィ、これを投げたら一緒に外へ向かって走ろう」


 こわばった顔でシェリィはうなずく。ジョセフは微笑むと、少女の肩を叩いた。


 わずかに罪悪感を覚える。


 ジョセフは嘘をついていた。確かに一緒に走るつもりだが、それは洞窟の入り口までだ。


 彼は、そこで海兵隊員として役目を果たすつもりだった。


 少女の未来を切り開くために。





 信号弾の軌跡を追って、黒木たちはすぐに動き出した。


 ただし、全力疾走というわけにはいかなかった。彼らは魔獣のテリトリーにいる。無遠慮なふるまいには、相応の対価が付きまとうことを知っていた。


 黒木は周辺を警戒しつつ、火炎放射班を先頭に信号弾の根元へ向かった。


 彼らが現場に到着したのは1時間ほど後のことだった。むき出しになった岩山を上るにつれて、甲高い喚き声が近くなる。反射的に兵士たちは銃を構えた。


 忘れもしない。ここ数日で嫌になるほど、鼓膜を震わしたた餓鬼ゴブリンの鳴き声だった。


 黒木たちが山の中腹にたどり着き、やがて踊り場のように開けた場所へでたとき、状況が明らかになった。


 数十匹の餓鬼どもが、洞窟へ目掛けて押し寄せていた。ただ一心不乱に得物を振り回し、入り口をふさぐフェンスを叩きまくっている。


「何が起きている?」


 やや困惑した様子で黒木は傍らの兵士へ顔を向けた。兵士も同様の顔つきで、首をひねっていた。


 餓鬼どもの喚き声に交じり、銃声が聞こえる。どうやら中に誰かがいるらしい。そこから先は迷うことはなかった。


 黒木は部隊を洞窟に対して、左へ展開させた。


 片方から一斉射を加え、追い払うつもりだった。むやみに殲滅する必要はない。まずは洞窟にいる人間を救出すべきだった、


「絶対に火炎放射は使うな」


 万が一、洞窟内まで焼き払ってしまったら、中にいる誰かは無事ですまない。


 やがて展開を終えて、兵士たちの銃口が餓鬼どもの左半身をまんべんなく捉える。


 すぐに銃声が響き、黒木はぎょっと兵士たちを見まわした。


「誰が撃った?」


 まだ射撃命令は出していないはずだ。彼の求める答えは正反対の方向から届けられた。


 乾いた銃声。


 小口径の拳銃弾のものだった。





 信号弾に誰よりも先に気づいたのは、榊だ。


 彼は、困惑した。


 あの合衆国の青年が、何の考えなしに撃つとは思えなかった。


 魔獣をおびき寄せるかもしれないのに、なぜ撃った?


 撃たざるをえない状況だとすれば、それはどういう状況だ?


 次の瞬間、榊は駆け出していた。


 黒木と違い、榊は別ルートから洞窟の入り口にたどり着いた。


 彼にとって、開けた山の中腹を上ることは魔獣に対して姿をさらけ出すに等しかった。


 ゆえに、魔獣でも侵入困難な急斜面のルートを経由していた。


 並の人間なら決して選ばないルートだが、榊にとっては日常のひとつだった。誰よりも先に洞窟の入り口にたどり着くと、榊は岩陰に身を潜めた。


 恐怖と急激な運動により全身から汗が吹き出し、呼吸が著しく乱れていた。


 彼は岩の影から顔を出し、最悪の事態に至っていないことを確認した。


 餓鬼どもが入り口に群がっている。どうやら内部まで侵入されていないようだ。ときおり聞こえる銃声が榊の予想を肯定した。


 二人を置き去りにしてしまった自分を呪うも、もはや遅い。


 雑嚢から火炎瓶を取り出す。


──畜生。ダメだ。


 ここでは使えない。洞窟の入り口に放り込んだら、中の二人まで巻き込んでしまう。火炎瓶のショックで暴れまわられ、フェンスが破られたら元も子もない。


「南無三」


 つぶやくと、榊は拳銃と取り出した。片方の手には火炎瓶が握られている。


 彼は一呼吸おくと、引き金を引いた。


 数発の銃弾が奇怪な悲鳴を引き起こす。


 直後、血走った眼が一斉に榊へ向けられた。


 弾倉が空になり、拳銃を打ち捨てる。


 続いて榊は火炎瓶に火をつけた。


 灰色の集団が数メートル先まで迫った瞬間、投げつける。


 橙色の炎がまき散らされ、再び奇怪な悲鳴が量産された。


 榊は手持ちの火炎瓶を全て投げつけると炎の壁で周囲を覆いつくした。


 熱波が皮膚を炙り、燃焼ガスが鼻腔を突き刺す。しかし、それも数分の間のことだった。


 炎の一生は苛烈だが、短かった。


 数分もたたずして、火力は弱まり、黒煙の向こうから餓鬼たちが突っ込んでくる。


 背後は急斜面の崖であり、退路はない。


 榊は軍刀を抜いた。





 向かい側で火の手が上がるや、黒木は射撃を命じた。


 誰だか知らないが、餓鬼どもの気を引きつけてくれた。


 おかげで連中の背中はがら空きだった。


 黒木の兵士は持ちうる限りあらゆる火器を餓鬼の群れへ叩き込んだ。


 炎の壁と銃弾に挟まれ、餓鬼の群れは恐慌状態に陥った。



◇========◇

次回9月13日(日)に投稿予定

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弐進座

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