復活祭(Easter) 19

【ワイナイエ山中 榊の洞窟】

 1945年12月22日 午後


 榊の洞窟は山の中腹あたりに位置していた。


 火山活動によってできた花崗岩で形成されており、ハワイの熱気を防ぐのにも適している。入口周辺も堅い岩で覆われた荒れ地のため、植生が乏しい。魔獣や野生動物にとっては、魅力のない場所だったが、残された人類にとっては安住の地となった。


 まだ大人が榊ひとりだけではなかったころ、入り口には柵を巡らせていた。市街地の廃墟から集めてきたフェンスが材料だ。


 大型の魔獣が来たらひとたまりもないが、小型に対しては有効と思えた。皮肉なことに、施行主が不在中に、それが証明されることになった。


 鳴子がなったとき、ジョセフは素早く外へ出て状況を確かめた。すぐに何がおきているかわかった。山の洞窟へめがけて、小さな緑色と灰色の点がいくつも這い上ってきていた。ご丁寧にも包囲するようにまんべんなく広がっている。物理的にも時間的にも脱出する猶予はなかった。


 ジョセフは信号弾を洞窟から取ってくると、即座に空へ向けて放った。


 それから忍耐の試練が始まった。


「シェリイ! 顔出すな」


 ベッドを横倒しにして、ジョセフはⅯ1ガーランド小銃のトリガーを引いた。立て続けに5発のマズルフラッシュがたかれ、3発が命中。2匹の餓鬼ゴブリンがダウンした。


 仲間の死に怒りを覚えたのか、あるいは血の匂いで闘争本能を刺激されたのかは不明だ。


 ただ、群がる餓鬼どもの動きが活発になったのは確かだった。


 餓鬼は手にした石斧でフェンスをたたき、フェンス越しに槍を突き刺してきた。


「ジョセフ、これ!」


 シェリィから手榴弾が手渡される。ベッドを盾にし、フェンス外へジョセフは投げつけた。数秒後に、破裂音。そして絶叫が洞窟内に木霊する。


「やった!」


 無邪気に喜ぶシェリィに対し、複雑な顔でジョセフはうなずいた。彼が見たところ、手持ちの弾薬よりも餓鬼の数のほうが多いように見えた。それに、どういうわけか戦意旺盛だった。


 あるいは狂乱状態と言うべきかもしれない。餓鬼どもは何かに追い立てられるように、洞窟内部へ侵入しようとしていた。


 手榴弾の効果で、敵の動きに隙ができる。その間にジョセフはガーランドの装填を終わらせる。同時に残弾を確認した。小銃弾のパッケージが10個ほど、それに手榴弾は5発ある。 シェリィが持つリボルバーは、あえてカウントしていない。


 再び入り口付近が騒がしくなり、ジョセフはベッドの影から顔を出した。目に入ったものに対して、思わず悪態をつく。


「クソッ!」


 二回りは大きい餓鬼が数体並んでいた。大きいとはいえ、まだジョセフのほうが体格は勝っている。榊といい勝負になりそうだった。


 問題は、奴らが持っている得物だった。巨大な鈍器を握りしめている。形状からして手斧の類だろうが、金づちと同じような使い方ができそうだった。


 ジョセフはガーランドの照準を合わせると、素早くトリガーを引いた。ほぼ全弾が命中し、どす黒い血が噴き出す。しかし、彼が期待した効果は得られなかった。


「どういうことだ?」


 大型の餓鬼は、一瞬ひるんだように見えたが、そのまま前進してきた。そして血走った目で、石斧をフェンスに振り下ろし、金網を大きく揺らす。背後でシェリイがジョセフのジャケットを握りしめてきた。


 やむをえず、ジョセフは手榴弾で処理した。これで残りの弾数は4発だ。


 わずかな静寂の後で、数分もたたず、餓鬼の群れが押し寄せてきた。やはり二回り大きい個体が混じっている。


 フェンスが激しく揺らされ、悲鳴のような金属音が鳴り響く。


 再び銃弾を見舞うが、やはりひるむことなく襲撃は続く。


──薬でもやっているかのようだった。


 血走った黒い目が、いくつも洞窟内に向けられる。どこに焦点を合わせているかもわからない目だ。


 再び手榴弾で処理すべきか、ジョセフは迷った。もっと考えるべきことがあるように思えたのだ。


 フェンスの金網が大きくたわんでいる。このまま連中があきらめるまで、持ちこたえられるか怪しいところだった。


「シェリィ、この洞窟に他の入り口は?」


 少女は首を振った。


「ない、あそこだけ」


 餓鬼の群れを指される。


「そうか……」


 最悪の事態を想定し、ジョセフは覚悟を決めた。いざとなったら強行突破して、この子だけでも逃さなければならない。


 彼は合衆国軍人であり、一人の戦士だった。


 兵役にあたり、本土で誓いは済ませてある。


 唯一懸念があるとすれば、彼の献身をもってしてもシェリィの生存を確保するのは至難だということだった。自身の命を対価とするのなれば、もう少しオッズを上げてほしい。


──神よ。あの信号弾が味方に届いていますように。


 そして可能ならば、フェンスが破られる前に救援が来ますように。


 

【オアフ島】

 1945年12月22日 午後


 ジョセフの願いはいささか歪んだかたちで、神へ届けられたようだった。


 信号弾を皮切りに、オアフ島周辺で予兆めいた変化が起きていた。


 地上では野鳥が騒がしく飛び回り、野生化した魔獣が無軌道に暴れまわっていた。


 それまで山中に身を潜めていた餓鬼どもが平地や市街地に飛び出し、各所で日英米の兵士たちに牙をむいた。不意を突かれた部隊は思わぬ損害を被った。


 海上の艦隊へ火力と航空支援を要請するも、到着はかなり先になりそうだった。


 艦隊は突如現れたサーペントとクラァケンの群れへ、爆雷と対潜弾を叩き込んでいる最中だった。


◇========◇

次回9月6日(日)に投稿予定

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弐進座

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