復活祭(Easter) 18
【ワイナイエ山中 榊の洞窟】
1945年12月22日 午後
榊が洞窟を出て行ったあとで、しばらく沈黙の時間が続いた。
何か話すべきかとジョセフは思っていたが、何を話すべきか思い至ることができなかった。彼はどちらかというと子どもの相手は得意としていた。少年時代はボーイスカウトに参加し、年下の面倒をよく見ていたため、扱い慣れているつもりだった。
しかし、この少女ついては全くの例外だった。共通言語がなかった。母国語は同じ英語だ。しかし、これまで歩んできた体験が、彼が接してきた少年少女と違いすぎる。
はやりのカントリーミュージックや映画俳優の話をしても通じない。家族についても、安易に触れることはできなさそうだった。これまで聞く限りだと、シェリイの両親が生存しているようには思えない。仮に生きていたとしても、ここで証明することはできそうにない。
結局のところ、彼は無難なラインから会話の糸口を探ることにした。
「シェリイ、君は何才なのかな?」
シェリィは首を傾げた。
「わからない。もう、ずっとここにいるから」
「そうか。じゃあ、4年前は何才?」
「4年前? それなら6才」
「ということは、10才くらいか……。本土へ戻ったら、学校にいけるね」
「学校。わたし、学校にいけるの?」
シェリィは瞳を輝かせ、身を乗り出した。
「ああ、行けるよ。君なら、きっと友達もできる」
「友だち……。みんなとまた会えるかな」
どうやら、かつてのクラスメートのことを思い出したらしい。輝きを取り戻した瞳に、かげりが見えた。
「離れ離れになっちゃった。みんなにパパを紹介したかったのに……」
シェリーはポケットから、大事そうにビニール袋を取り出した。紙切れが入っている。
「それは?」
じっと袋をみつめるシェリーに、優しくジョセフは語りかけた。
「お守りなの。あの月が現れる前に、パパがくれた。お船に乗るためのチケット」
「見せてくれる?」
少女はこくりとうなずくとビニール袋を手渡した。
「中身をみていい?」
「いいよ」
そっと袋から取り出すと、ぼろぼろの紙片が出てきた。
合衆国海軍の紋章が入った公文書用紙だ。
手書きで乗艦許可のサインがなされていた。
「ありがとう」
ジョセフは、そっと袋を手渡した
「このチケット、パパが学校のみんなに用意してくれたの」
「いいパパだね」
「うん。だから、みんなに見てほしかった」
「きっと、君の友達にも会える日が来るよ。大丈夫。生きてさえいれば、必ずきっと──」
うつむいたシェリイの肩に、ジョセフは手を置いた。
洞窟の入り口から金属音が響く。
空き缶と釘で作った鳴子だ。
何者かの接近を報せていた。
【ワイナイエ山中】
1945年12月22日 午後
最初に発見したのは、榊だった。
彼は、オアフの山中を知り尽くしていた。4年間の隔絶された生活で、彼は生き残るための最善策を身に着けていた。その一つが、地理だ。
なかでも彼が重要視したのは水場と高台だった。
前者は生き物として必要不可欠な要素だ。いかなる生物も水がなければ生きてはいけない。
後者は戦闘において有利となる要素だった。今となっては激減したが、半年前までオアフは大型魔獣の庭だった。
オアフBMが消え去るまで、彼は大型魔獣の動きを観察していた。毎朝、複数の高台から大型魔獣の位置を把握、その日の行動半径を予測して動いていた。幸い榊の視力は良好で、彼は双眼鏡を所持していた。何よりも彼は一人ではなかった。
大型の動きを把握できれば、小型魔獣の動きもある程度予測できた。概して小型魔獣は魔獣を避けて行動するからだ。どうやら奴らには縄張りの概念があるらしい。
今ではほとんど大型魔獣を見かけなくなったため、小型の魔獣の行動を把握するのが難しくなっている。まだ大型魔獣がいた頃のほうが、過ごしやすいようにすら思えた。
崖を上り、榊は久しぶりに彼は観測所を訪れた。
小屋とも言い切れない粗末なテントがそこにある。
雑嚢から双眼鏡を取り出すと、昨夜の銃声が響いた方向へ向ける。
──捜索隊が出ているとすれば……。
ジョセフから聞く限り、合衆国軍は小部隊に分かれて行動しているらしい。せいぜい数十人規模だろう
レンズいっぱいに、ワイナイエを覆うシダ類が広がった、身の丈以上あるので葉に隠されて、発見するのは困難かもしれない。
祈るようにワイナイエを見渡した時だった。
密林から立ち上る黒煙を捉えた。
榊は興奮を抑え、黒煙の根元へ焦点を合わせた。橙色の点線が走っていくのが見えた。火炎放射の軌道が、木陰で寸断されていたのだ。
「いたぞ……!」
榊は滑り落ちるように、崖を降り、黒煙のほうへ向かって走った。
◇
黒煙の発生源には、黒木の小隊がいた。
「いっそナパームで焼き払った方が早いかもしれません。まあ何万発必要かわかりませんがね」
古参の兵士が黒木にぼやいた。
黒木は苦笑しつつ、首をふった。
「うちの海軍はしまり屋だからな。仮にできたしてもやらんだろうよ。アメさんはわからんがね」
彼ら二人の前では数名の兵士が火炎放射器であたりを焼き払っている。シダに擬態した
かなうことならば、迂回しておきたかったが、あらかたの進路が塞がれていた。
「燃料は大丈夫そうか」
古参の兵士に尋ねる。
「まあ、今日いっぱいは持つでしょう。それ以上は危険です」
「わかった。
「了解」
シダ林を焼き払い、兵士たちを集合させる。
ちょうどそのときだった。
空へ向かって一筋の白線が伸びていった。
信号弾の跡だった。
◇========◇
次回8月30日(日)に投稿予定
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弐進座
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