復活祭(Easter) 17

【ワイナイエ山中】

 1945年12月22日 昼頃


「おい、吐くなら他でやれ。遺体を汚すんじゃない」


 真っ青な顔の兵士に黒木は言った。先月、サンフランシスコで補充されたばかりの新兵だった。兵士は大丈夫ですと言い、堪えた。黒木は無理をしないように念を押すと、古参の兵士を集めた。


 そのうちの一人が顔をしかめながら、黒木に認識票を差し出した。合衆国海兵隊のものだった。


「かき集めましたが、酷い有様です。これじゃホトケの区別なんてつきようがありませんよ」


「ああ、全くだ。俺もこんなのは初めて見た」


 黒木は目前の光景に戸惑いを覚えていた。


 おどろおどろしい赤とピンク色の肉片に交じり、ヘルメットやジャケット、小銃が散乱している。


 それらはかつて海兵隊と呼ばれた兵士のものだった。今やばらばらに散らばって、原型をとどめていない。


「いったい、どうすりゃこんなことになるんです」


 嫌悪と恐怖が入り乱れた顔で、古参兵士は言った。黒木はピンク色の一角を指した。


「もとはあれの腹に収まっていたんだろう」


 すぐそばには、捕食樹が切り倒され、茎部分が切り開かれていた。


「しかし取り出されて、ここで解体されたようだ」


「解体?」


「こいつらさ」


 黒木は散乱した肉片から石器製の矢じりを取り出した。


餓鬼ゴブリンが、こんなことを……?」


 古参の兵士は信じがたい顔で矢じりを受け取った。


「昨夜の襲撃で大サソリとともに奴らが現れただろう。あれが偶然とは思えん。恐らく餓鬼どもは他の魔獣を飼いならしている」


混合群体ミックスのようなものですか」


 混合群体は複数種の魔獣によって構成された群体のことだ。北米では岩鬼トロール死鬼デビルなどが、よく見られる例である。


「似ているが違うな。混合群体はある種の共生関係にある。お互いの欠点を補いあうためにできた集団が、こいつは違う。昨日の大サソリもけしかけられた風に見えた」


 別の古参兵が懐疑的に首を傾げた。


「餓鬼どもが、そんな知恵を働かせますかね」


「道具を使える奴らだ。それくらい頭が回ってもおかしくはないだろう。恐らく捕食樹プラントイーターもあいつらに収穫・・されて、こんなザマになったに違いない。言ってしまえば一方的に使役して、搾取しているだけだ。まるで──」


 人間みたいだと言いかけ、黒木は言い知れぬ悪寒を覚えた。


「ここの座標は記録しておこう。後で海兵隊に教える。そのあとどうするかは連中次第だ」


 遺体の状況から、母国に帰るのは難しいだろうと黒木は考えていた。


 損壊が激しすぎる。捕食樹の酸に溶かされたうえ、餓鬼によってばらばらにされている。仮に故人の遺体をそろえられたとしても、遺族に手渡されるのは小さな壺になるだろう。


──俺もいずれこうなるのだろうか。


 ふと黒木は思い至った。この戦争が続く限り、五体満足でいつづけるのは難しいだろう。


 憂鬱でも絶望でもない。ある種の諦観に近い感情が渦巻いていた。


 いったい、どうすればこの戦争を終わらせることができるのだろうか。


 誰が、終わらせるのだ。


 黒木の中で、ある決意が固まりかけたが、それが形を成す前に彼の部下が異変を知らせに来た。


 何かを発見したらしい。


 黒木は木々の間に潜り込んでいった。マチェットでシダの葉を切り開き、数名の兵士の顔を認める。


「どうかしたのか」


 尋ねると同時に状況を把握した。


 黒く焦げた跡が不定形に広がっている。


「懐かしいな」


 黒木は数年前の記憶を呼び起こした。彼は似たような絵柄をインドシナの密林で描いたことがある。


 兵士の一人がうなずいた。彼も別の部隊にいた時、同様の経験をしたことがあった。


「ええ、今じゃほとんど使われていませんがね」


「ああ、全くだ。今どき火炎瓶モロトフカクテルを使うのはレジスタンスくらいなものだ」


 黒木は煤けた地面を救うと臭いをかいだ。焦げた土とガソリンが混じっている。


「最近使われたものだな。それもかなり近い、一日二日というところか。合衆国海兵隊アメさんの仕業でもないだろう。連中は腐るほど火炎放射器をもっているからな。となると──」


 黒木はすぐに立ち上がると、集合を命じた。そして合衆国海兵隊の基地へ、遺体の発見場所を伝えた。


 少なくとも、これで合衆国への義理は果たしたはずだ。望まぬ状態だが、彼らは兵士の行方について把握することができるだろう。


 彼はもう一つの任務にとりかかることにした。


 約十分後、分隊ごとに間隔を広く取り、森の奥地へ足を踏み入れた。


 火炎瓶が使用者がそう遠くないところに潜んでいるはずだ。


 願わくば、そいつが日本人であらんことを。



【第八艦隊 空母<大鳳>】

 1945年12月22日 午後


 奇妙な注文を出してきたのは、第八艦隊の水雷参謀だった。


 彼は艦隊の主計部に対して、大量の塗料を寄こすように言ってきた。それだけではなく、兵員の経歴を調べあげ、従軍前に左官や工務の職に就いていたものを一時的に引き抜いた。


 彼の要求は空母<大鳳>の整備部にまで及んだ。


 どういうわけか弾頭と炸薬ぬいた魚雷を二本寄こせと言ってきた。しかも、陸で使うつもりらしい。


 あまりに突然で無茶な注文だったが、艦隊司令官の許諾は得られていたため、断りようがなかった。


 整備担当の士官は、おかで水雷戦でもやるのですかと冗談を言ったが、その参謀はただ笑って答えた。


「なに、ちょっとしたお遊戯ですよ」


◇========◇

次回8月23日(日)に投稿予定

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弐進座


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