復活祭(Easter) 16

【ワイナイエ山中 榊の洞窟】

 1945年12月22日 昼頃


 今朝がた外に出た榊は厳しい顔で洞窟に戻ってきた。


 ちょうどジョセフは上半身を起こし、寝台から立ち上がろうとしていた。


「大丈夫?」


 そばにいたシェリイが手を貸そうとしたが、ジョセフは丁寧に断った。


「立てるかどうか試しておきたいんだ。いざとなった時のために」


 ジョセフは徐々に脚部の筋肉に力を入れた。壁に手をつきながら立ち上がり、左足から右足へ重心を移していく。途中で太ももの傷から痛みが走ったが、我慢できないほどではなかった。きつく包帯をまかれているため、歩行速度は落ちるだろう。


「どうやら大丈夫そうだな」


 榊は満足そうにうなずくと、手提げ袋からバナナの房を取り出した。


「まずは飯にしよう。シェリイ、干肉をとってきてくれ。ああ、湯はわかさなくていいぞ。ジョセフ、すまないが温かい飯は、お宅の部隊に合流するまでお預けだ」


「どういうことだ? 先ほどはずいぶんと厳しい顔をしていたけど──」


 榊は、まだ青みが残るバナナをちぎるとジョセフに渡した。そして自分の分の皮をむいた。


餓鬼ゴブリンどもの動きが騒がしい。煙が出ると、奴らに感ずかれるかもしれん。ここ数日、連中を見かけることが多くなってな」


「何があったんだ?」


 ジョセフの素朴な問いかけに、榊は思わず苦笑した。


「おそらく、あんたらが大挙してきたからだと思う」


 復活祭作戦が始まる前まで、餓鬼の群体は平野部から海岸にかけて生息地を広げていた。しかし、復活祭作戦がはじまり、爆弾と砲弾を連合国軍が降らせたため、密林に引きこもったのである。


「そいつは……」


 複雑な面持ちのジョセフに榊は手を振った。


「気にするな。どのみち連中は始末しなければいけなかった。あんたらには感謝しているよ。忌々しい餓鬼ども吹き飛ばしてくれたからな」


 榊は憎悪に顔を歪ませた。干肉を持ってきたシェリイが足をすくませていた。ジョセフは目配せをすると、榊は眉間のしわを伸ばした。


「ありがとう。シェリイ、これを食べたらお兄さんと留守番を頼む」


「うん。サカキ、どこにいくの?」


「なに、すぐに戻ってくるさ。お兄さんジョセフの友達を呼んでくるんだ」


 シェリイは愛らしい笑みを浮かべた。


「兵隊さんたちね! きっといい人たちよ。パパが言ってたの。アメリカの海兵は強くて勇敢で弱い人たちを助けてくれるって。ジョセフも、わたしたちを助けるために来てくれたんでしょ」


 ジョセフは、ためらいがちにうなずいた。


「ああ、そうだよ。ケガしちゃったけどね」


「気にしないで。大丈夫よ。わたしがついているから」


「ありがとう」


 海兵隊の一等兵は苦笑した。初陣で負傷した挙句、子供に慰められるとは。戦争ってのはつくづく奇天烈なストレンジな体験だった。


「すまないが、こいつは借りていくぞ」


 榊はマチェットを手にしていた。ジョセフのものだった。なくしたと思っていたが、どこかで拾ったらしい。


「あんたは、こいつを離さずにもっておけ」


 そう言って榊は、M1ガーランドと弾薬を寝台のそばに置いた。そのほかにも旧式の手榴弾を箱から取り出す。


「銃くらいは撃てるだろう。この洞窟は偽装しているが、たまに魔獣が迷い込んでくる。いざとなったら応戦しろ。シェリイも頼む」


 少女は古びたリボルバーを右手に握りしめていた。こわばった顔つきになっていたが、銃を持つ手つきは手慣れているように見えた。片手にもかかわらず、手は震えていない。いつでもトリガーに指をかけれるように、人差し指を伸ばしている。


 ジョセフは複雑な面持ちで、その腕を見つめた。今になって気が付いたが、年ごろから考えて腕の筋肉が異様に発達している。どのような修羅場を経て、変容したのだろうか。


「大丈夫だ。君には撃たせないようにするよ。サカキ、君の武器はそれだけでいいのか」


 ジョセフはマチェットを指した。


「かまわんよ。それに俺には相棒がいるんだ」


 榊は腰に下げた日本刀を見せつけ、雑嚢から火炎瓶を取り出した。


「夜中に銃撃音が聞こえた。恐らく、この近くまで味方はきているはずだ。もし、俺が──」


 榊は何かを言いかけたが、シェリイに植物の束を手渡した。小さめの竹に似たものだった。


「忘れるところだった。サトウキビを見つけたんだ。こいつはしまっておけ。おやつ代わりにかじるといい」


「サカキ、ありがとう!」


 シェリイはサトウキビの束を抱え、洞窟の奥へ消えた。その姿を見届けると、榊はジョセフに信号弾と発射機を握らせた。


「もし明日の昼までに俺が戻らなかったら、こいつを上空へ撃て。最後の一発だから大事に使ってくれ」


「サカキ、こいつは今使うべきだ」


 ジョセフは榊に返そうとしたが、険しい顔で榊は押しとどめた。


「ダメだ。餓鬼どもを引き寄せるかもしれない。だから最後の手段だ。必ず昼間に撃て。夜中は餓鬼どもの動きが活発になる。いいな」


 念を押すと、榊は洞窟の外へ出て行った。


 不安げに、見送るシェリイにジョセフは気が付いた。


「きっと大丈夫だよ」


「うん」


 シェリイはこくりとうなずいた。


「彼は僕の仲間を連れてきてくれる。そしたら本土ホームへ帰ろう」


 シェリイは小首をかしげた。


「わたしにとって、ここが故郷ホームなの。だから、さよならを言わなきゃ」


「それは……そうだね」


 いつの日か、オアフに戻れるとジョセフは言いたかった。しかし、それを口にすることはできなかった。


 彼は合衆国にとって、ハワイが過去の地になったことを思い出した。


 シェリイに限らず、ハワイをホームと呼んだ者たちが本土に残されて・・・・いる。その中には合衆国誕生以前から住み着いていた原住民ネイティブもいるはずった。


 数年、あるいは数十年後、彼らがここに戻ってきたとしても、そこにあるのはかつてのハワイとは全く別の風景に違いない。


 やはり、ハワイは失われた故郷なのだ。



 洞窟を出た榊は、光に目が慣れるのを待った。


 空を見上げると、分厚い雲を日差しが貫いている。


「まずいな」


 ひと雨くるかもしれなかった。


 可能ならば、その前に味方人間と合流しておきたい。雨天は捕食樹プラントイーターの活動が活発になる。視界不良になるうえ、すぐそばに味方がいてもお互い気づかない可能性が高い。最悪の場合は誤射の恐れすらあった。


 榊は雑嚢を確かめた。火炎瓶が3つ入っている。護身用の拳銃もあるが、予備弾倉はない。撃ちきったらそれまでだ。


「近くまできているはずだが──」


 昨夜、銃撃音が暗闇から響いてきた。


 この地で銃火器を使用する生物は人間だけだ。


 その方向を探ってみる価値はありそうだった。


◇========◇

次回8月16日(日)に投稿予定

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弐進座



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