復活祭(Easter) 4

【オアフ島 エワ】

 1945年12月21日 正午


 降って湧いたような問題トラブルに、今井は戸惑いと言い知れぬ納得感を覚えていた。流石に安堵感は覚えるほど、狂ってはいない。


 今までが不自然だったのだ。


 思えば、不気味なほど上手くいきすぎた作戦だった。


 上陸にこそ手間取ったものの、その後は障害らしいものに遭遇せず、内陸部まで進攻できた。これは今井の部隊に限った話しではない。復活祭作戦に参加した全部隊に共通する事実だった。作戦目標であるパールハーバーの確保は、数日前に完了している。


 なかば出来レースだったが、パールハーバーへ最初に突入した部隊は合衆国の第一海兵師団だった。同地には英国陸軍と日本軍も到達していた。しかし、合衆国側の要請で行動を停止した。日英両国の司令部とも、この要請に対して異議は唱えなかった。二カ国とも心情的には同意できたからだ。彼等は合衆国将兵が誓約を果たそうとしていると理解していた。


 パールハーバーを取り囲む沿岸部の大半は掃討され、残すはフォード島のみだった。航空偵察により、脅威の大半は取り払われているとわかっていた。しかしながら、フォード島を目指す海兵隊員たちの中に、口笛を吹くような輩も居なかった。彼等は確固たる意思の元で上陸用舟艇へ乗り込み、入江に浮かぶ小さな島を目指した。


 合衆国にとって、パールハーバー制圧の先陣は星条旗を掲げなければならなかった。4年前、魔獣の災禍になすがままま蹂躙され、追われるように合衆国軍は撤退した。彼等が守るべき国民の一部は取り残されたままだった。そして、その大半は行方不明扱いとされた。もちろん救出された人々の数が圧倒的に多かったが、それは相対的な数字でしかなかった。4年前、ハワイ諸島から撤退した将兵は屈辱と絶望の中で、復讐を誓った。彼等の誓約は、この戦争を通してひとつの呪詛を生んだ。


 それこそが"真珠湾を忘れるなノット レフト パールハーバー"である。


 1942年、心臓病で倒れたウィッカード前大統領に代わり、トルーマン大統領が掲げたスローガンだった。


 1945年、12月19日の午後、フォード島の合衆国海軍航空基地跡に星条旗が掲げられた。損害は軽傷者が数名。それも上陸の際に過って、味方によって誤射された者だった。


 翌日、合衆国本土の主要都市において、パールハーバー復帰・・が朝刊の一面を飾った。


 それから二日後の21日、連合国軍はオアフ島の大半を手中に収めつつあった。


 内陸の山間部では、いまだに魔獣の掃討戦が続いているが、それらもやがて収束していくだろう。


 一路順風、一瀉千里、万事が順調に過ぎていく。


 このままいけば本当に24日までに作戦が完了しそうだった。


 全軍が凱歌を掲げる中で、今井は厄介極まる難問を抱えることになった。やがて、それは長らく彼の母国が忘れ去ろうとしていた遺恨を掘り起こすことになる。


 天幕の入り口から、連絡将校の少尉が海軍の将兵を数名伴って現れた。いずれも草色の第三種軍装に身を包んでいる。


「どうも、お待たせしました」


 士官達の中で最高位らしい少佐が軍帽をとり、丁寧に礼をした。


「第八艦隊司令部より参りました。日下部くさかべ洋一よういちです」


 日下部と名乗る士官は水雷参謀の一人だった。丸眼鏡をかけ、やや太り気味に見えたが、肥満ではなく骨格に由来するものだろう。全体的に角張った印象を覚える体型だった。


 昨日、ホノウリウリベイ沿岸で日本製と思しき潜航艇を発見した後、今井はすぐに大隊本部へ判断を請うた。大隊本部はさらに上級の師団本部へ報告し、師団本部は遣米軍司令部へ、そこから霞ヶ関で複雑怪奇な指揮系統リレーを行われ、連合艦隊司令部から第八艦隊司令部へ調査命令が下ったのは今朝のことだった。その頃には、第八艦隊司令部は既に人員の選出を終えていた。現地で指揮に当たっていた海軍陸陸戦隊の指揮官から同様の要請が出ていたためである。どのみち、第八艦隊は独断で調査団を派遣するつもりだった。


「今井彰です。わざわざお越し願ったところ、早速で申し訳ないのですが──」


「ああ、かまわんですよ」 


 日下部は大きく手をふった。丸眼鏡の奥に小さな糸目が出来上がる。


「こっちも久方ぶりに地面を踏めて喜んでおったところです。時間ももったいないですし、はよう行きましょう」


「助かります。では、こちらへ──」


 今井達は外へ止めていたジープへ乗り込むと、沿岸へ向けて走らせた。




【ホノウリウリベイ沿岸】


 十数分後、今井と日下部たちは潜航艇の前に立っていた。


 日下部は帽子を脱ぐと、丸刈りした頭を手ぬぐいで拭いた。


「ああ、やっぱりか」


 日下部の呟きから、今井は前置きを省くことにした。


「これは、いったい何ですか」


「こいつは甲標的と呼ばれる、言ってしまえば特殊潜航艇ですわ」


 観念したように日下部は言った。


「4年前、真珠湾演習・・・・・では、ハワイに駐留する合衆国艦隊の撃滅が彼等の任務でした」



◇========◇

次回5月24日(日)投稿予定

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弐進座

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