復活祭(Easter) 3


 入れ違いで来た兵士の名は、黒木と言った。退出した少尉よりも年長で、三十を少し過ぎたばかりの軍曹だったはずだ。この戦争が始まる前まで、家業の手伝いをしていたらしい。


 黒木は鉄帽をぬぐと、一礼した。


「報告に参りました」


「何があった?」


 苦渋とも困惑ともつかぬ顔で、黒木軍曹は切り出した。


「少佐殿にご足労をお願いできませんか」


「どういうことだ……?」


 今井は眉間に皺を寄せた。黒木に対して、機嫌をそこねたわけではない。軍曹と言えば下士官の中でも、高位にあたる。ベテランの兵卒だった。ましてや、この黒木は開戦後に一兵卒から上り詰めたのだから、相応の功を重ねてきたはずだ。


 そのようなベテラン兵士が深刻な面持ちでいるのだ。きっと碌でもない理由が控えているに違いなかった。それに気にかかることもあった。


 こいつはいったい誰の命令で中隊本部に来たのだ。わざわざ中隊指揮官を呼びつけにくるとは。


「貴様は、第四小隊だったな。上官の要請できたのか」


「いいえ、町田中尉は負傷されました。今は自分が代わりに指揮を執っております」


「負傷した? 会敵したのか」


「いいえ、その原因をご理解いただくためにもご足労願いたいのです。可能な限り、人目につかないほうがよいと判断しております」


「なるほど、わかった。案内しろ」


 聞く限り、全てが不透明であったが付いていく必要はありそうだった。ときとして部下の苦渋を引き受けるのも指揮官の責務だからだ。




【ホノウリウリベイ沿岸】

 1945年12月20日


 数十分後、今井はカパパフヒポイントへ連れてこられていた。パールハーバー西部にあるホノウリウリベイの沿岸部に面した地域で、低木林と狭い砂浜によって構成されている。


 周辺には今井隷下の兵士達が散開していた。警戒状態にあったが、緊張は解かれている。敵地にいるはずだが、無理からぬ態度に思われた。


 なにしろ、上陸から今まで彼の中隊は戦闘らしい戦闘を行わずに進出してきたのだ。遭遇した魔獣は小型ばかりで、しかも著しく戦意に欠いていた。小銃の発砲音がしただけで、逃げてしまうほどだ。大型魔獣も準備砲撃と爆撃によって肉片へ変えられている。多少のトラブルはあったが、今井に限らず大半の連合国部隊が損害軽微で、パールハーバー周辺を制圧しつつあった。そう遠くない未来、再びオアフに星条旗が翻り、その横にはユニオンジャックと日の丸も列を成すだろう


 黒木に先導されて、今井は低木林の奥地まで来た。数メートル先の海岸線へ押し寄せる波音と低木にとまった野鳥のさえずり、さらに遠くから断続的に砲声が聞こえてきた。音の軽さから迫撃砲だろう。


 やがて波打ち際まで続く木々の隙間から、黒い葉巻のようなものが打ち上げられているのが見えた。ただし葉巻には不釣り合いすぎる大きさだった。目測だが小型の鯨ほどサイズだった。やがて、すぐ側まで来たとき、黒木は認識を正しく改めることにした。


「潜航艇か……」


 黒鉄くろがねの胴体は、明らかな人工物だった。舳先から海岸へ乗り上げており、先端には縦一列に二つの筒が収められていた。恐らく魚雷発射管だろう。すでに撃ち終わっているのか。中身は空だった。長期間放置されていたらしく、ところどころ赤さびによって塗装が禿げ、藻やこけが張り付いていた。


「町田中尉が負傷したのは、こいつのせいなのか」


 今井の問いに、背後から黒木が答えた。


「はい。内部を調査中に爆発に巻き込まれました」


「爆発だと。罠でも仕掛けられていたのか」


「詳細は不明です。一緒にいた兵士によれば、内部にあった手榴弾が暴発したのとのことでした。長年放置したせいで、信管が緩んたのではないかと……。幸い一命を取り留めたようですが、重傷です。すぐの復帰は難しいと聞いています」


「わかった。どこの莫迦か知らんが、余計なもんを遺してくれたな」


「ええ、まあ……」


 濁すように黒木は相づちを打つと、今井の前に進み出た。


「町田中尉を搬送した後、私自身が内部を確かめました。安全は確保しております。そのうえで今井少佐にご足労いただいたのは、ご自身の目で見ていただいた方が良いと判断したからであります」


「貴様の手に余るものがあったわけか」


「はい」


 今井は肯くと、黒木の脇をすり抜けた。先端の魚雷発射管から甲板に登り、そのまま司令塔へ向うと梯子から水密扉へたどり着いた。後に続く黒木が今井に懐中電灯を手渡す。今井は首からそれを下げたまま、ドラム缶のような司令塔内部を降りていった。内部は中腰で立つのがやっとの高さだった。上部から日光が漏れているが、奥の方までは見えなかった。わずかに血と火薬の臭いが淀んだ空気に混じっている。町田のものだろう。血痕と思しきものが壁面に残されていた。


 懐中電灯を照らしながら、ようやく今井は操縦席へたどり着いた。どうにも嫌な予感があった。放棄された古い潜航艇、いったいいつのものなのだ。少なくとも今回の作戦に投入されたとは考えにくい。オアフで魔獣に対して、軍事行動が起こされたのは今回が初めてのはずだ。だとすれば、それよりも前からあったことになる。


「ああ、畜生。やはり──」


 懐中電灯が計器類を照らし出した。何かが書かれている。今井は陸軍軍人だったため全ての意味はわからなかった。しかし、書いてある内容の一部は理解できた。


 そこには母国語で大日本帝国海軍と表記されていた。



◇========◇

次回5月16日(土)昼頃に投稿予定

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弐進座

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